時代ものの作家では、長谷川 伸を尊敬している。
こんなことばを見つけた。(出典は忘れたが、長谷川 伸のことば)。
この歳になってよくある話。……ああ、あれを聞いておけばよかった。それが
長丁場でなく、たった一言、別れてしまってから、あとを振り返ってみても、
もう相手はいない。しまった、と思ってみてももう遅い。
私なども、この歳になるまでに、「しまった、と思ってみてももう遅い」という思いをくり返してきた。
長谷川 伸の随筆集に『我が「足許提灯」の記』(昭和38年刊)がある。短い文章ばかり集めたものだが、内容はおもしろいものばかり。
九代目、団十郎は、芸は教えるものではなく、覚えるものだ、という信条をもっていたという。
いっしょに舞台に出ている役者にいけないところがあると、叱る。それで直らないと、また叱る。それでも直らないと、またまた叱る。
それでも直らないと、もう、そばから追いはらってしまう。
五代目、菊五郎は、芸は教えることで上達する、と信じていたという。
私は、むろん、九代目、団十郎も、五代目、菊五郎も見たことがない。ただ、長谷川 伸の随筆を読んでいて、五代目、菊五郎が、「芸は教えることで上達する」といったのは、教えた弟子の芸が上達するというだけではないような気がした。
このことばの真意は――大名題ほどの役者なら、教える相手の芸が上達するようにしむける。これは当然だが――じつは、そのことで自分の芸も上達すると考えていたのではないか。
長谷川 伸を読む。いろいろと教えられるので、ありがたい。