これまで、大学や専門的な教育機関、または図書館などでレクチュアをしてきた経験はあるのだが、地方都市の公民館が企画した「文学講座」で、一般市民のみなさんにお話をする機会はあまりなかった。
故・竹内 紀吉君の依頼で、浦安市の図書館で、イタリア・ルネサンスについて連続の講義をしたり、千葉市の老人大学で、永井 荷風について講義をした程度だったはずである。
船橋市の中央公民館が私に講座を依頼してきたのは、おそらく偶然だったが、船橋は私にとってはゆかりが深く、なつかしい都会だった。
しかも偶然ながら、この夏、たまたま中央公民館で、サイレント映画、「第七天国」を見たのだった。これまた私にとっては、忘れられないできごとになった。
その中央公民館から講座を依頼してきたのだから、私としてもうれしかったし、それだけに、熱心に話をしたのだった。
講座の最終回に、参加者にアンケート用紙がくばられた。質問の項目のひとつに――
「今後、文学関係の講座で取り上げてもらいたい内容(作家、作品、時代など)は何ですか――」とあった。
いろいろな回答がある。
このリストだけでも市民講座のレクチャアのむずかしさが、うかびあがってくる。
古典 なんでも
万葉集、源氏物語
万葉集 (古典を勉強しているので)
徒然草
良寛
芥川龍之介
夏目 漱石、ゲーテ、トルストイ
夏目 漱石、森 鴎外、樋口 一葉
永井 荷風
小林 多喜二、遠藤 周作、吉村 昭
川端 康成、芥川龍之介
太宰 治
三島 由紀夫
村上 春樹、司馬 遼太郎
岡部 伊都子
萩原 葉子
現代作家 現在活躍している作家の作品
山本 周五郎、藤沢 周平
長谷川 伸の「関の弥太っぺ」
ノーベル賞を最近受賞した作家
ひゃあ! これは凄いね。
こういう要望に答えるためには藤村 作、斉藤 茂吉、柳田 泉、木村 毅、伊藤 整、さらには大衆文学のイデオローグだった尾崎 秀樹、そして佐伯 彰一、磯田 光一をいっしょにしたほどの学識が必要になるだろう。
残念ながら、私には、こんなにいろいろな作家、作品、時代をとりあげる力はない。
講座のテーマが「文学の楽しさ」だったから、私としても、なるべく「楽しい」ことを中心にしゃべった。
だが――「文学を楽しむ」ことには、自分が絶望したときの「なぐさめ」として役に立つということも含まれているだろう。
私は、聴講者たちと、いっしょに、これまであまり気にかけていなかった世界にいっしょに入っていきたいと思った。その世界では、深い叡知が秘められていて、その作品がもたらす感動が、ちからづよく表現されているのだ。
私が、太宰 治や、梶井 基次郎の短編といっしょに、桂 歌丸や、海野 弘のエッセイを並べたのも、そして、亡くなったばかりの池部 良のエッセイをとりあげてレクチュアしたのも、そこで語られている人生のおもしろさに眼を向けたからだった。
塔も 船も そこに住む人間なしには 役に立たない
からである。(これは、ウロおぼえのソフォクレス。) (つづく)