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スランプで何も書けないときはどうするか。

私のようなもの書きでも、ときどきスランプを経験した。そんなときは映画を見るとか、音楽を聞く。そういう対症療法がきかないスランプだったらどうするか。
地図をポケットに押し込み、知らない山を登りに行く。たいていのスランプは癒ってしまう。

老齢になると、どんな映画を見てもあまり楽しめないし、まして最近の音楽にはついて行けない。
一度スランプに陥ると、悪化するばかりで、予後もおぼつかない。

そこで、昔見た映画で好きだったものをビデオやDVDで見直す。
スランプのときに私がえらぶのは、「ファールプレイ」、「ウォリアーズ」、「ガルシアの首」、あるいは、ツイ・ハークや、チャウ・シンチーの映画なのだ。
どれもこれも、映画史に残るような傑作ではない。名画でもない。誰ひとりおぼえていないような映画ばかり。
「ファールプレイ」のゴールデイ・ホーンが好きだし、「ウォリアーズ」では無名だった少年や少女たちを見て――かつてのニューヨークを思い出す。
ツイ・ハークの女侠たち、とくにブリジット・リンや、内容はまったく「おばか映画」なのに「詩人の大冒険」のコン・リーが、どんなに美しかったか。

ただし、そういう「お気に入り」でも、あまり何度も見たせいか効果がない。こうなったら重症である。最後の最後にとっておきの1本を見て、やっとなんとか元気になる。
これは、いずれ友人の竹内 紀吉に見せてやる約束だったが、彼はスランプなど一度も経験しなかった。
だから、彼にも見せなかったのが――残念だった。

どんなにくだらないものでも、見落としている部分が少しはあるかも知れない。いつも、そう思って見ている。トリヴィアルなことでもいいのだ。ひとりの登場人物が、ほかのどんな女とも違って見えてくる。
それがすばらしい。