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ある日、新聞でカメラの広告を見た。(’10.3.5.)

不景気な時代のなかで、デジタル・カメラの激戦がつづいている。
画質のよさと、ハンディーなところがうけて、軽量で小型の一眼デジタル・カメラは人気が高い。
そのなかで、キャノン、ニコンが、圧倒的なつよさを見せている。
だが、3月に入って、パナソニック、オリンパスが新型カメラを登場させているし、ソニーも、ただちに満を持して参入してきた。(’10.3.9.)

私の見た新聞広告は、キャノンの新製品 EOS KISS X4 {イオス キス エクス フォー}の広告だった。
7ページにわたって、各ページの下の4段をぶち抜きの大きな広告である。

いちばん最初の広告のキャプションは――「うちの子は、世界一 カワイイ」。
写真は――「ドラキュラ伯爵」か、「アダムズ・ファミリー」のお父さんのような、中年の吸血鬼がカメラを片手に、可愛らしい男の子を抱きあげている。

つぎのページには、大きな帽子をかぶった魔女の母子。「ドラキュラ伯爵」の父子とコントラスト。女の子は小学校の低学年だろうか。こちらのキャプションは――「うちの子は、世界一 才能がある」。
そのつぎは、モジャモジャの髪の毛、頬も口のまわりもヒゲモジャの親子。狼男だろうか。父親は、サイレント映画のベラ・ルゴシに似ている。
キャプションは――「うちの子は、世界一 元気だ」。

つぎの写真は、どうやらハンナ・バーべラのテレビ・アニメのパロディーらしい。
原始人の家族たちだが、父親に、子どもが3人。母親不在というのは、なにやら意味深長。キャプションは――「うちの子は、世界一 たくましい。」

こんなふうに、あと三つがつづく。
この新聞広告が出たのと同時に、テレビで、おなじメンバーのコマーシャルが流れている。気がついた人もいるかも知れない。
テレビのCMは、むろん動画だから、新聞の広告は、テレビCMの1シーンを使っているのかも知れない。ただし、大型カメラで同時にスティル写真を撮影して、それを使っているのかも知れない。いずれにせよかなり費用をかけているだろう。

この広告を見た私の感想は――
じつはたいへんに感心した。これまで、無数にコマーシャル・フォトを見てきた。しかし、ほんの一瞬でも心に残るようなものは極めて少ない。広告を担当した商業フォトグラファーだって、スポンサー側の要求にこたえる「現ニコ写真」を撮れば、それでいい。 もともと「現ニコ写真」にそれ以上を期待する会社はないだろう。
「現ニコ写真」というのは、広告する現物を手にとって、モデルがニコニコしているフォト。たいていの場合は、若い女優やタレントが商品をもって、ニコニコしている。
こういう写真が心に残るようなことはない。
「うちの子は、世界一」シリーズだって、つぎに新製品が出れば忘れられるだろう。

デジタル・キャメラの市場は、キャノン、ニコンが、圧倒的なつよさを見せているというが、それをささえている現場の優秀さが、このシリーズからも想像できるような気がする。
私の心に残ったCMは、雨のそぼ降る古い町並みを小犬が、一所懸命に駆け抜けてゆく「サントリー」の名作。おなじ「サントリー」でも、ウーロン茶で、中国の老爺ふたりが、中国語でスキャットするCM。すっとぼけていて、とてもよかった。ドアにかけたダーツでジェームズ・コバーンが遊んでいる。矢を投げようとする瞬間にドアが開く。と、そこに可愛い少女が立っている、というサム・ペキンパー演出の一本。地方局のCMだったが、美少女が田舎の温泉につかっている。入浴シーンだから、両肩をあらわに見せている。なんと、この美少女がアニタ・ユンだった。私は、陶然としてアニタの艶姿を見たものだった。まだ、ほかにもすばらしい作品があったことを、私は忘れない。
そのなかで、キャノン、EOS KISS のCMは出色のものだと思う。
このシリーズを企画した宣伝部や、コピー・ライターや、キャスティング・スタッフ、現場のディレクターたちが、真剣にとりくんでいるシーンを想像した。むろん、みんなで楽しく笑いあいながら、撮影がつづけられたのではないか。そんなことまで考えた。