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(つづき)
宮さんのメモは、細いボールペンで、一字々々、丹念に書きつけてある。ただし、ところどころ判読できない。赤ペンの大きなバッテンで消してある部分もある。

これはとてもすばらしい作品です。これについては書かずばなるまい。それにオペラについて勉強が出来ました。
中田さんがオペラについてこんなに詳しいとは知りませんでした。
メルバを知っているのかなと思っていると、メルバもちゃんと (以下 欠)

別のメモには、

中田さんのお作、まずびっくりしたのは、イサドラ・ダンカン、コポオ、テトラッチーニ、ガリ・クルチ、フアーラー。今では誰もその名を知らない存在のハンランです。しかし、まだ、メルバ、カラスなら知っている人はいるかも知れない。消えていった女たちよ、その面影、その踊り、 (以下 欠)

さらにもう1枚のメモには、

自分だけで愛していると思っていたのは、人に横取りされたような気持ち、そうなるとぼくは自分の愛人をとられたような、いや、自分の愛している女が、タレントで、有名になりすぎて、僕の手から離れてゆくような、そういう女はもう愛せません。ぼくの力ではどうすることも出来ません。そんなのいやです。しかし、テトラッチーニは忘れ去られた女、それから僕は昔、トチ・ダルモンテというプリマドンナを愛しました。これも忘れられた女です。自分ひとりで愛せるような女が好きです。

宮さんは「星座」という同人誌を主催していた。戦前の「星座」では、石川 達三、評論家の矢崎 弾などと親しかった。戦後すぐの時期には、カストリ雑誌にまで短編を書いていた。長編は10冊を越えるし、90歳を越えても小説や詩を書きつづけたが、自分の周囲にいる文学仲間を集めて「全作家」という雑誌を出していた。
宮さんはパリを愛し、ヘミングウェイ、ヘンリー・ミラーに私淑し、コクトォを尊敬していた作家だった。自宅の壁には、アイズピリの油絵や、フランスの画家のエッチング、デッサンがずらりと並んでいた。            (つづく)