吉行エイスケは新興芸術派の作家。たいへんに早熟な作家だった。十七歳で、「あぐり」(安久利)と結婚して、翌年、長男、淳之介が生まれている。
二十三歳の吉行エイスケは「バルザックの寝巻姿」を書く。ロダンと花子の関係を描いた短編。この年、あぐりは市ヶ谷で美容院をはじめた。
村山 知義の設計した二等辺三角形の建物で、手すりのついた狭い階段から二階に出ると、丸い窓から市ヶ谷の駅前の通りが見える。戦後、焼け残って、ファッション・ブティックになっていた。まるで、モルナールの芝居に出てくるような雰囲気だった。K.K.という、武蔵野美大を出たデザイナーがここで働いていた。
私はある短編でこのブティックを描いた。むろん、吉行淳之介の知るはずもないことだが。