ひどく小さなできごと。ずっとあとになって、自分の人生に大きなものだったことに気がつく。私にもそんなできごとがいくつもあった。
中学生になったばかりのとき、あたらしい友だちができた。
たまたま近所に住んでいる少年だったが、別の小学校に通っていた。中学でもクラスは違ったが、おなじ路線の電車で通学していたから、友だちになった。
名前はUといった。背丈も私と似たりよったりの、チビだった。
U君の家まで、歩いて数分。私の家のすぐ近くにお寺があって、その境内の裏、路地の先の二階建ての家だった。
私は、毎朝、境内を通り抜けて、その先の路地の門の前まで行く。
「U君!」
声をかけると、門のくぐり戸から、中学生が飛び出してくる。
電車の停留所まで、これも歩いて数分。電車に乗ってからもおしゃべりをつづけた。中学では別々のクラスなので、校内ではほとんど話をしない。下校の時刻も違っているので、いっしょに帰宅することはなかった。
つまりは朝だけの友だちだったが、私にとっては中学生になってできた親友なのだった。
U君には美しい姉さんがいた。
女学校を卒業して、どこかの会社に採用されたという。颯爽とした洋装で、勤務先でも評判の美女だったらしい。
毎朝、U君といっしょに学校に行くようになって、姉さんと路地ですれ違うこともあった。一度だけ、彼女から声をかけてきたことがある。
「お早よう! 弟をよろしくね、中田君」
私はあわてて帽子をとってペコリとお辞儀した。彼女は、そのまま去って行ったが、私は声をかけられたことがうれしかった。
どうして姉さんが私の名前を知っているのだろう?
私は中学生の制服を着ていたし、U君とおっつかっつのチビだったから、弟の友だちとわかったはずだった。
ある朝、いつものようにお寺の境内を抜けて、U君の家のある路地に入った。眼をあげると、二階の部屋の窓が開けられているのが見えた。開け放たれている窓に若い女の姿が動いていた。U君の姉さんだった。
その窓から路地を見おろしても、私の姿は見えなかったに違いない。朝早く、その路地に入ってくる人はいないだろうし、私はチビだったから、その部屋からは見えなかったはずだった。
U君の姉さんは、上半身、裸になっていた。私は、彼女の胸につややかなまろみが左右に並んでいるのを見た。
その瞬間の私は、自分の見ている光景にどう反応したのだろうか。
おそらく、何も考えてはいなかったのだろう。見てはいけないものを見たという気もちもなかったにちがいない。 (つづく)