この夏、私はまるで勉強しなかった。ろくに勉強しないのではない。まったく勉強しなかった。もっとも、いまさら勉強したって遅いせいもある。
いつしか秋となりにけり。自分で勉強したわけではないことをとりあげておく。はじめから、私の理解のおよばないことだから、わかったような顔をしてもはじまらない。
現在の「ブルーレイ」の25倍以上の記憶容量をもつ、次世代光ディスクの開発をめざして、2012年に実用化が計画されている。
この記憶容量は、1テラ・バイト。すなわち、1000ギガ。
この次世代光ディスクは、特殊なレーザー光線で立体画像を記録、再生するホログラム技術を応用する。これは、おもしろい(だろうと思う)。
次世代光ディスクの実用化で、消費電力の削減効果も見込まれるという。
さて、ここからが私の意見。ただし、はじめから、何ひとつ理解てきないボケGサンのいうことだから、何の意味もないのだが。
この次世代光ディスクは、この日本において必ず実現する。
これは期待ではない。私たちが近い将来、確実に成果を手にすると見ていい。
ただし、これだけはいっておく必要がある。
この研究、開発の途中で、それが実現できると判断できたとき、ただちに世界各国の特許の許認可を、しらみつぶしに徹底的に申請して、その全部を確実に国際法上の保護のもとに置くこと。
それこそ、巾着切りのような連中が、虎視眈々と、横どりを企んでいるのだから。
かつてのトロン開発をはじめ、携帯電話、ベータとVHS、DVDにいたるまで、日本が先鞭をつけた技術的な「発明」や「発見」は、例外なく外国の思惑にふり回され、模倣され、プライオリティーを奪われてきたではないか。
戦前、日本の科学者が、世界ではじめてテレビの送受信の実験に成功したが、誰の理解も得られなかった。数カ月後に、アメリカは、テレビ放送に成功し、定時放送を始めている。
日本の科学技術がどれほど優秀であっても、研究者、研究機関がいつも孤立無援で、結果としては、後発の外国に煮え湯を飲まされてきた。今後は、おなじようなことを許してはならない。
2004年、すべての国立大学は「国立大学法人」に移行した。教育への市場原理の導入によって、「産官学」三位一体のシステムができあがったように見える。その結果、いちばんたいせつな基礎研究が、まるっきり冷や飯をくわされることになった。
こうした事態を招いた原因は、ことごとく政府の無知、無責任、そして経済、産業、財政当局の無理解と怠慢によるものではなかったか。
私は次世代光ディスクについて何も知らない。私の仕事は、クラウド・コンピューティングなどとはまったく関係のないものだから。
それでも、「空白の十年」と呼ばれた時期から、科学の分野にかぎらず、世界経済、外交、すべての分野で、日本の対応がいつも後手々々にまわったことを見せつけられてきた。はじめはおくれをとっていた巾着切りどもに最後になってマンマとアブラゲをさらわれる。
すぐれた「発明」が、他国の巾着切りどもによってむざむざ漁夫の利をさらわれる光景を見せられるのは、日本人として腹にすえかねるのである。