ある政治家のことば。
1981年、日本の首相が、アメリカの議会で演説をした。
日本は吠えるライオンであるよりも、ハリネズミであるべきだと思います。
まだ冷戦が続いていた時代、日本の覇権主義といったものを、中国などがしきりに気にしていた。これに対して、日本はもっぱら専守防衛の姿勢をとっていた。
そこで、この首相は「吠えるライオンであるよりも、ハリネズミ」という政治的信条を表明したのだろう。
なぜ、ハリネズミなのか。この当時、政治学者、アイザイア・バーリンの著作、『キツネとハリネズミ』が読まれていたため、外務官僚の誰かが「ライオンとハリネズミ」という比喩を思いついたのではないか。私はそんなことを想像した。
演説の原稿を棒読みにした首相が、まさかアイザイア・バーリンを読んだとは考えられなかった。
ここからファルスになる。
通訳が「ハリネズミ」を「賢いネズミ」と訳したという。
ネズミは誰でも知っている動物だが・・・ハリネズミはあまり一般によく知られている動物ではない。「ミッキー・マウス」は可愛いネズミだが、ふつう、アメリカ人のネズミに対する観念は、薄汚い、狡猾な、いやしい動物であって、あまりいい印象をもっていない。スラングでも、ネズミといえば、密告者とか裏切りを意味する。
(ジェームズ・キャグニーのギャング映画でつかわれていた。ネズミに対する反感は、ウデイ・アレンの映画、「ギター弾きの恋」を見ればわかるだろう。)
せっかくの演説も、こんな誤訳のおかげで、列席のアメリカ人に驚き、あるいは不快感をあたえた。もっとも本人は何も気がつかなかったらしい。
この首相のお名前は、鈴木 善幸という。
われらが世紀末、「失われた10年」のかぎりなく無能に近い宰相のおひとり。