若き日の尾崎 咢堂が、福沢 諭吉に会いに行った。大先輩のご意見を伺うつもりだったらしい。
そのとき、先生は、毛抜きで鼻毛を抜きながら、変な目つきで斜めに私の顔を見て、『おめえさんは、誰に読ませるつもりで、著述なんかするんかい』と問われた。私は、その態度やことばづかいにおもわずムッとしたが、つとめて怒気をおさへ、エリを正して厳然と『大方の識者にみせるためです』と答へた。すると、先生は、『馬鹿! サルにみせるつもりで書け! おれなどは、いつもサルにみせるつもりで書いてゐるが、世の中は、それでちょうどいいのだ』と道破したのち、例の先生一流の、人をひきつけるやうな笑いかたをされた。私はしかられたのかほめられたのか、なんだかわからなかったが、その後はなるべく先生を訪問しないやうにした。だが、これは私の誤りで、先生は、このとき、実用的著述の極意を示されたのであった」
という。
おもしろい話だ。さすがは、福沢 諭吉、おサツに印刷されるほどの大人物である。
私たちも「サルにみせるつもりで」書かかなければならない。
だが、ひるがえって考えてみれば、尾崎 咢堂と福沢 諭吉のどちらが、奇人、変人に見えるだろうか。私には、ふたりともごくふつうのお人柄のように見える。もっとも、私がサル並みの平凡なもの書きだからだろう。
世間ではよく<音楽家は誰しも少しばかり頭がいかれている>という。これを、正規のドイツ語でいうと、一般社会で、奇人、変人といわれる連中が、音楽史にはうじゃうじゃいるということだろう――そして、こんにちまで、誰ひとり、音楽史におけるこの方面の研究をしたひとはいない。
これは、W・H・リールという人のことば。
最近は、リール先生のいう「音楽史におけるこの方面の研究」もけっこう多く書かれているような気がする。おなじように俳句の世界の奇人、変人の研究も多い。
私が俳句が好きなのも、俳句の世界にかなり奇人、変人が多いせいかも知れない。そのくせどこにでもいる程度の奇人、変人には、あまり関心を惹かれない。
その程度に私も奇人、変人に近いのかも。いや、サルに近いのかも。(笑)