たくさんの美女が私の内面に棲んでいる。誰も知らない美女たちが。
夢のヒロイン。詩のなかの女性。たとえば、ホラティウスによってうたわれ、はるかに時をへだてて、アーネスト・ダウスンが愛した「まぼろしの恋人」。
シナラ。
さらに、トーキー映画草創期を飾るキング・ヴィダーの「シナラ」。
中年の弁護士夫妻(ロナルド・コールマン/ケイ・フランシス)と、若く美しい女性(フィリス・バリー)の三角関係。
フィリス・バリーは、ジョン・テイリーの一座のダンサーから出発して、ファンチョ・マルコスの劇団などで、ミュージカルの舞台をふんだ。
やがてトーキーが、映画を一変する。
サミュエル・ゴールドウィンが、フィリスの舞台を見て、エディー・カンターの喜劇「闘牛士カンター」に抜擢しようとした。
ところが、ほとんど同時に、キング・ヴィダー(映画監督)が「シナラ」に起用した。
フィリスは、素直な演技、わかわかしいエロティシズム、チャーミングなエロキューションで、ゆたかな才能と素質にめぐまれた女優として登場した。
その後のフィリスを知らない。
映画の世界で挫折したのか。それとも、草創期の映画よりも、もっと着実でしっかりした表現ができるミュージカルの舞台に戻ったのか。
現在、DVDで見ることのできるキング・ヴィダーの「シナラ」。
フィリスも私の「まぼろしの恋人」のひとりなのである。