ある時代にあらわれた人物をしっかり見据えておく。とはいえ意外なことを聞かされれば、まず疑ってかかるのが人情だろう。
ある俳優が、こんなことをいっていた。
おれはねっから暗い人間だよ。
何の憂いもなくて、自己嫌悪や恐怖感と、まるで無縁の一日を過ごしたのは、いったいいつのことだろう。
ジャック・ニコルソン。
私は「イージー・ライダー」から、この俳優を(だいたい継続的に)見てきたが、あるインタヴューで、このことばにぶつかってちょっと驚いた。
ほう、「ねっから暗い人間」なのか。ジャック・ニコルソンがそんなタイプの俳優だとは信じられなかった。
俳優はしばしば強烈な自己顕示欲を見せることがある。そのありよう、あらわれかたはとりどりだが、ことさら卑下して見せながら、逆にそのことで自分の優越をアピールしするようなしたたかな役者もいる。
相手が女優さんで――「あたしって、ほんとうは暗い人間なのよ」などと聞かされたらすぐ逃げ出したほうがいい。眉つばだと思う。
おれの思うに、あらゆる有名人のなかで、人前にでると、いちばん落ちつかなくなるのが、おれなんだよ。
ふーん、ジャック・ニコルソンて、そういう役者なのか。
この俳優は、多分ほんとうに「暗い人間」なのだろう。
自分の出た映画で、とくに気にいった作品があるかと聞かれて、
「べつにないね。おれは、自分の出た映画はみんな好きになる。いつもいつも大満足ってわけにはいかないが、これはまあ、たいていの人の場合がそうだろう。おれは、いっしょに仕事をした連中や、そいつらがそのときそのときにやってくれたことを、すごく誇りに思っているんだ」という。
私が好きなのは「愛の狩人」、「郵便配達は二度ベルをならす」あたりで、「黄昏」とか「恋愛小説家」なんか、あまり感心しない。