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CDを整理していて、おもしろいものを見つけた。「ハリウッドは歌う」Hollywood Sings/ASV 1982年)。30年代初期のスターたちの歌のコンピレーション。20曲。

 ポール・ホワイトマン、アル・ジョルスンからはじまって、グロリア・スワンソン、マレーネ・ディートリヒ、ジャネット・ゲイナー、ジョーン・クロフォード、エディ・カンターまで。グルーチョがなんとゼッポ(マルクス兄弟)といっしょに歌っている。

 いまではまったく消えてしまった歌唱法で、声もハイ・トーン、リズム、テンポ、何から何までちがう。女性はいわゆるあまったるい「トーチソング」ばかり。
 風格が感じられるのは、モーリス・シュヴァリエ、ヘレン・モーガン。
 美声だと思うのは、ジャネット・マクドナルド、ローレンス・ティベットだけで、大半は歌手としてほとんど問題にならない。

 いちばん古い録音は、ルドルフ・ヴァレンチノの「カシミール・ラヴ・ソング」(1923年)。彼の人気の絶頂期にあった。三年後に、ヴァレンチノは急逝する。
 残念ながら歌詞がまるでわからない。美声でもないし歌もうまくない。

 ジャネット・ゲイナー。トビ色の髪に、淡褐色の瞳。ひどく小柄で、それがまた彼女を可憐に見せていた。1907年、フィラデルフィア生まれ。日本でも人気があった。
 歌は・・・

 フレッド・アステアの<I Love Loisa>は、映画「バンドワゴン」から。 この歌から、後年の名ダンサー、さらには渋い演技を見せていたフレッドを想像することはむずかしい。
 フレッドの相手役だったジンジャー・ロジャース。<We Can’t Get Along>(30年)は、映画「オフィス・ブルース」のサウンドトラック。当時のジンジャーは、まだフレッドのパートナーとして登場していない。
 <シュノズル>ジミー(ジミー・デュランテ)が、<Can Broadway Do Without Me?>を歌っている。ジミーの<スターダスト>を絶品と思っている私にとってはなつかしかった。
 ハゲで、鼻が大きく、ダミ声で、義理にも美声とはいえないのだが、芸人としては、スッとぼけた味があって、どこか粋で、洒落っぽくて、少しも下品ではなかった。こういうタイプの芸人は、もうアメリカにもいなくなっている。
 おもしろいのは、ジェームズ・ステュワート。プリンストン在学中にブロードウェイの舞台に登場したが、無声映画からトーキーの転換期に、ハリウッドに移った。<Day After Day>は、スクリーン・デビュー作のもの。(70年代の映画「ザッツ・エンターテインメント」で、当時のジミー、このCDのオリジナルを見ることができる。)
 このCDのスターたちの姿は思い出せるけれど、このコンピレーションに使われた映画はほとんど見ていない。

 1928年7月にオール・トーキーが登場して、それまでのスターが没落して行く。たとえば、ウィルマ・バンキー、リチャード・バーセルメス、ジョン・ギルバート。
 このCDには、トーキーが登場した直後のアメリカ映画の対応、というかリアクションが、なまなましく刻みつけられている。その意味では貴重な資料といっていい。
 もうひとつ。このCDは別の意味でも貴重な資料なのだ。アメリカにラジオが普及したこと。放送芸術ともいうべきあたらしい分野が姿をあらわす。ポップスもこれによって急速に発展してゆく。

 現在の若い人たちがこんなポップスを聞くはずもない。
 映画史、またはポップスの歴史に、よほど関心がなければ、こんなポップスに興味をもたないだろう。
 さて、どうしようか。
 東京のどこかに映画史資料館、あるいはポップス・アーカイヴスでもあれば寄付してもいいのだが、この「文化国家」にはそんな奇特なものもない。

 このまま時の流れに朽ちて埋没してゆくのも仕方がないか。