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 私はベストセラーを読まない。というより、その本がベストセラーでなくなってから、ゆっくり読む。

 アメリカのベストセラーとおなじことで、その作品がベストセラーでなくなってから読むのだった。ある時期のベストセラーを調べれば、その時期のアメリカの姿がはっきり見えてくる。
 ベストセラーの歴史は、そのまま20世紀のアメリカ文化史と見ていい。

 もともとベストセラーという名詞自体がアメリカの新造語だった。
 1897年、アメリカの雑誌「ブックマン」が新刊紹介と、その時期に売れ行きのよかった本をリストアップして「ベスト・セリング・ブック」と呼んだことにはじまる。
 これが作為名詞 agent noun の「ベストセラー」になったのは、20世紀に入ってからで、アメリカの資本主義の発達に関係がある。
 ジャーナリズム発達史の一側面とも見られるようになった。

 第一次世界大戦が起きた時期から1926年(大正15年)までに、日刊紙は2580から2001に減少している。
 日曜新聞の数も、571紙から541紙に減少しているが、発行部数は、2800万部から、3600万部に急増している。
 かんたんにいえば、読者層が飛躍的に増大しつづけていた。そういう読者たちは、ベストセラーに飛びつき、同時に、読者の欲求が、いつの時代でも「ベストセラー」を生み出して行った、といえる。

 ベストセラーは大別して、小説とノン・フィクションにわけられる。

 ノン・フィクション部門の「ベストセラー」は、さまざまな分野の有名人をとらえた伝記もの、実録もの、実用書、ありとあらゆる非小説を包括する。
 私の少年時代には、ピトキンの『人生は四十から』とか、ホグベンの『百万人の数学』といったベストセラーものを、父が読んでいた。
 その後、ヴァン・ルーンの『人間の歴史』、カール・サンドバーグの『エイブラム・リンカーン』などと並んで『クロスワード・パズルの本』(1924年)が、75万部、世界的な統計では300万部、売れていた。