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 冬はまるで爆弾をかかえたアナーキストのように襲いかかってきた。
 あらくれた眼つきで、すさまじい叫びをあげ、激しい息づかいをしながら、全市を冷気でつかみ、骨の髄まで凍らせ、心臓を凍らせた。

 エド・マクベインの『麻薬密売人』の書き出し。私の訳。
 これは「87分署シリーズ」の第三作にあたる。あとで、井上 一夫が、にやにやしながら、「中田さん、冬はまるで爆弾をかかえた虚無党員のように襲いかかってきた、と訳してよかったね」と皮肉をいった。私はにやにやした。

 夏のニューヨークはどうだろうか。

 殺人的な暑さだった。七月はその汗みずくの筋肉を引きしぼり、ゴールを見据え、ニューヨークをドロップ・キックして、夏といううだるスチーム風呂へ蹴りこんだ。ある者はほうほうの態で逃げ出し、冷たい飲み物をちびちびやり、潮風を受けながらテレリンクで仕事をこなそうと、水辺の別荘へ逃れた。またある者は、包囲された部族のように糧食をたっぷりたくわえ、エアコンの効いた家に閉じこもった。

 J・D・ロブの「イヴ&ローク」シリーズ15作、『汚れなき守護者の夏』(ヴィレッジブックス)の書き出し。訳者は、青木 悦子。’07/6/20刊。
 このシリーズは前作『イヴに捧げた殺人』につづくもの。このシリーズは、『この悪夢が消えるまで』、『不死の花の香り』、『死にゆく者の微笑』から、青木 悦子の訳したものを読んでいる。
 どれを読んでもサスペンスフルだし、ヒロインの「イヴ」が魅力的で、気に入っている。それに、青木 悦子の訳がいい。

 ところで、ニューヨークに行くならやっぱり夏か冬がいい。天の邪鬼のせいだろうか。

  J.D.ロブ著 イヴ&ローク<15>、『汚れなき守護者の夏』(ヴィレッジブックス)青木悦子訳