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「雨の国の王者」さんへ。

連休中に、書斎のご本を片づけていて、私の本を見つけたそうでご苦労さまでした。
私の著書に関していろいろとご質問をいただいて、ちょっとおどろいています。

じつは手もとには自分の著訳書がほとんど残っていない。おかしな作家なので。
出版社から本がとどいてくると、親しい友人、知人たちにさしあげるのだが、わずかな部数、手もとに残しておいた本も、いつの間にかなくなっている。
なにしろ自分の書いたものに興味がないので、本をとっておく習慣がない。だから、きみが「中田耕治書誌」を探しているというので本人が驚いている次第。

私の略歴にミステリー関係の著・訳書がほとんど記載されていなかったのも、ことさら隠蔽しようとしたわけではなく、そんな本を書いたこともすっかり忘れてしまったからなのだ。

「明日のない男」や「死を呼ぶ女」が、どの短編集に入っているのかと聞かれても返事のしようがない。未収録とすれば初出誌は何かと問われても、私自身、まるでおぼえてもいない。
だから、私(中田耕治)はそういう作家なのだと思っていただければいい。
きみの熱心な質問を受けて、自分がどんなにボケているか、はじめて気がついたのはわれながらあきれた。いそいで書棚を探してみたら、やっと『殺し屋が街にやってくる』が見つかった。本の扉を開けてみると、最初のページに、

中田耕治さま
ビッグボックスの古本市で見つけました
ゲストとして来ていただきましてありがとうございます
木村 二郎

とサインしてあった。してみると、自分の著書をひとさまから頂戴したわけである。

これで思い出したが、あるとき、小鷹 信光さんが主宰なさっていたミステリー研究会に招かれて、早川ミステリの草創期の頃のことをしゃべった。そのとき、同席していた木村 二郎さんが私の本をもっていたので頂戴したのだった。
私としては木村 二郎さんのご好意がうれしかった。
著者が自分の本を手もとに一冊も置いていない、と知った木村さんはあきれたかも知れない。
だから、『傷だらけの逃亡』が長編なのか短編集なのか、と聞かれても、ほんとうにおぼえていない。こうなると、どうやら重度の認知障害だなあ。(笑)

(つづく)