少年は黙りこくって、寒さにふるえながら人の流れに身を委ねている。クリスマスの近い季節。買い物のために混雑している人の流れはどこからきてどこまで流れて行くのだろうか。
母が死んだ。
「だれでも死ぬと、いちばん幸福なところに行くっていうだろう。ママはここで幸福だった。だからこの家にいるんだ」
少年は残された13人の弟たちにそういい聞かせる。
そして弟たちのためにクリスマスの七面鳥を手にいれようとしてロンドンの街をウロつきまわる。弟たちをひきつれて。
母のいないクリスマスの街の喧騒は、幼い子どもたちの心に空虚さと、同時に、みんながいっしょに生きて行こうとする勇気をもたらす。だが、師走の冷たい風は子どもたちの肌にまつわりついて離れない。
その夜、火をともしたキャンドルをかこんで、やっと手に入れた七面鳥の切れっぱしを見つめる28の瞳は澄みきっている。
イギリス映画「別れのクリスマス」(デヴィッド・ヘミングス監督)は、実話にもとづいた作品で、12人の男の子、2人の女の子たちが、都市計画でとりこわされることになったロンドンの貧民街のボロ家に立てこもり、福祉事務所のおばさん、おじさん、孤児を収容する修道院の尼さんたちを手こずらせる、愉快な、しかし、逆にいえば、深刻な物語だった。
もう忘れられた映画。誰もおぼえていないだろう。
この「別れのクリスマス」を見たとき、ディッケンズ以来のイギリスの少年小説を思いうかべた。少年たちの腕白ぶりに右往左往する姿に、発足まもないサッチャ-政権の社会政策のどうしようもない停滞ぶりを見せつけられるような気がしたっけ。
主演は、「小さな恋のメロディ-」のワルガキ、ジャック・ワイルド。見るからに下層階級の出身らしく、ふてぶてしい少年だったが、思春期の男の子らしい内面の翳りを見せていた。ラストで、少年たちは田舎の牧場にひきとられる。少年「レジ」は恋人の「リ-ナ」にいう。
「みんなで暮らせる大きな農場をもとう!」
田舎の美しい風景が次第に遠のいてゆき、自分たちの子どもをもとうとしている恋人たちの姿が、ふたりだけ世界から隔絶しているようにうかびあがってくる。
私がディッケンズを思いうかべたのは酔狂だが、イギリス映画には、戦後すぐのチビッコたちのすさまじいエネルギ-を描いた傑作、「ヒュ-・アンド・クライ」などがあって、この映画もその系列に入るだろう。
こういう映画を、ハ-トウォ-ミングな映画と呼ぶ趣味は私にはない。社会的な善意、福祉などが、少年少女たちの感情を少しも理解せずに行われる冷酷さは、あの時代に比較してずっと豊かになった私たちの社会でもおそらく変わらない。
「小さな恋のメロディ-」や、この映画から見てとれるものは、まぎれもなくイギリス社会の衰弱と混乱であり、それを克服しようとする意志というべきか。
戦前、(わずかに清水 宏のような映画作家、「生まれてはみたけれど」、「綴方教室」、「家に三男二女あり」といった作品を例外として)・・・日本でこうした映画が作られることは少なかった。
むろん、少年少女を中心にした映画なら、ファンタジ-からホラ-まで、無数に氾濫している。だが、80年代から急速、かつ広範囲にひろがったポルノ・ビデオとおなじようなもので、ほんとうに少年少女の姿をとりあげた作品は少ない。
それでも、「瀬戸内野球少年団」や「象にのった少年」まで、映画の主題として少年少女をメイン・テ-マとした作品が登場する。
テレビドラマの「おしん」が人気になったのは、じつは少女時代の「おしん」の姿に感動したからであって、「おしん」の波瀾万丈のサクセス・スト-リ-に共感したからではない。
私がここで思いうかべる少年映画は、たとえば「思春期」(ジャンヌ・モロ-監督)や、韓国映画「故里の春」(イ・グァンモ監督)のような作品である。
それにしても、「別れのクリスマス」の少年の夢は実現できたろうか。