私の好きな音楽。
戦時中ずっと沈黙していた小林秀雄が、戦後に『モーツァルト』を発表したことはほとんど一つの事件だった。私は小林秀雄に大きな関心をもっていたので、『モーツァルト』を読んで、しばらくモーツァルトばかり聞いていた。
ブルーノ・ワルターのモーツァルトが好きになった。もっとも、ブルーノ・ワルターのレコードしかもっていなかったのだから当然だろう。
ずいぶんあとになるが、「フルトヴェングラーと巨匠たち」という映画で、ブルーノ・ワルターがモーツァルトを指揮しているのを見てうれしかった。これとは反対に、シゲッティが来日したとき、たしか「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調」を聞いたが、ブルーノ・ワルター指揮のシゲッティとずいぶん印象が違うような気がして、内心がっかりしたことをおぼえている。
そんなこともあって、まず、モーツァルトをあげておこう。
私には『メディチ家の人びと』という評伝めいた作品がある。これを書いたときは、朝から晩までベートーヴェンばかり聞いていた。メディチ家と『皇帝』にはなんの関係もない。しかし、私はこの曲を聞くと、なぜかメディチ家の運命を聞くような気がするのだった。好きだったのは、ギーゼキングやゼルキンの「皇帝」。両方ともワルターの指揮。途中から、オイゲン・ヨッフムのレコードに換えたが、これはワルターのレコードがボロボロになってしまうことが心配だったからだった。ついでに、最近のグルダのものをあげておこうか。
もう一曲となるとこれがむずかしい。
ショパンをあげようと思ったが、誰のショパンが好きなのか、自分でもきめられない。ほんとうに困った。
いっそオペラにしよう。
そこで、マリア・カラスの『ランメルモールのルチア』をあげようかと思ったが、ジューン・サザーランドとパヴァロッテイの『ルチア』もすばらしいし、そんなことをいえば、チェリル・チューダーとドミンゴの『ルチア』もいい。
さあ、困った。そこでちょっとズルをすることにした。
私があげたのは・・ホセ・カレーラス、プラシド・ドミンゴ、ルチアーノ・パヴァロッテイの三人がいっしょに出ているビデオ。つい、数年前にテレビで放送されたものだから、よく知られているだろう。三人がいろいろなミュージカル、民謡などをつぎつぎに歌ってくれるので、肩のこらないコンサートになっている。なにしろ現代最高のテノールの顔見世興行だから楽しいが、最後にパヴァロッテイがプッチーニの「誰も寝てはならぬ」を歌ってからがいい。「オ・ソレ・ミオ」を三人が合唱する。ここのやりとりを見ていると、ヨーロッパの音楽、舞台の厚みを見せつけられるような気がした。
これはビデオで見られる。
ただし、この三人のジョイント・コンサートでほんとうによかったのは、この第一回のときだけ。あとは、だんだんわるくなってくる。東京でやったものは、とくにひどいものだった。
最後に、主催者側の要請(または強制)で、美空ひばりの「川の流れのように」を歌ったが、パヴァロッテイははじめから投げていた。カレ-ラスは途中まで。最古までなんとか歌ったのはドミンゴひとり。
私は、この三人に美空ひばりを歌わせたテレビにはげしい怒りをおぼえた。と同時に、自分の意に添わないものでも、しっかり歌おうとしたドミンゴに敬意をもった。
今の私はもうこの三人にもう興味がなくなっている。
ブルーノ・ワルター「皇帝」 NYフィル ゼルキン SONC 15025
フリードリヒ・グルダ「ベートーヴェン」 ウィーン・フィル ロンドン KICC 9061-2
「パヴァロッテイ、ドミンゴ、カレーラス 3大テノール 世紀の競演」ロンドン POVL 1003