1883(rev)

2020年は、おそらく歴史的に大きな転形期、社会的な激変の時代、気候の変化もふくめて文明の危機さえ予想される時代のはじまりとなる。

この年(令和2年)、私は何をしていたのか。

20年1月25日、メモをとっていた。

中国、武漢市の新型コロナ・ウィルスのニューズ。武漢市は交通が遮断され、封鎖都市に指定されて、「ペスト」並の厳戒体制がとられている。今後、各地で、感染が急速に拡大すると懸念されている。すでに韓国でも感染者が出たし、日本でもついに2例の感染症患者が出た。
中国、「人民日報」は、コロナ・ウィルスによる新型肺炎の感染が、1287人とつたえた。もっとも深刻な武漢市では、24日に15人が死亡し、国内の死者は計41人。新型肺炎は、ついにアメリカ、フランス、ネパールに波及した。フランスの感染者は3名。アメリカ、シカゴで感染確認、2名。

それから、10カ月。悪夢のようなコロナ・ウィルス禍はつづいている。このメモを見
ると、まさか、これほどの災厄になるなどと予想もしていなかったことに気がつく。

この頃、コッポラの「地獄の黙示録」(完全版)を見た。

日本で公開されたヴァージョンでは前線の兵士慰問に派遣された「プレイボーイ」のバニーガールのシークェンス後半、レイプ・シーン、フランス人のゴム農園の家族のヴェトナム戦争批判のシークェンスがカットされていた。私は、そんなことも知らなかった。この映画をめぐって、いろいろな批評が出たが、大岡 昇平が、私の批評をとりあげてくれたことを思い出す。

今、あらためて見直すと、完全版のカットが、「地獄の黙示録」批評に大きな歪みを与えたことがわかる。少なくとも、私の評価に影響を及ぼした。

もう一つ、この映画のマーロン・ブランドの演技は、アカデミー賞(最優秀男優賞)に値しないという感じをもった。
マーロン・ブランドは、「波止場」(54年)でアカデミー賞(最優秀男優賞)をもらっているし、「ゴッドファーザー」(72年)でもアカデミ賞(最優秀男優賞)を受けたが、彼は受賞を拒否した。「地獄の黙示録」では、アメリカ最高の俳優と評判になった。
しかし、私は、やはり「ゴッドファーザー」の「ドン・コルネオーネ」のほうがずっといいと思う。

そういえば、敗戦後の日本で、「運命の饗宴」(デュヴィヴィエ監督)が公開されたとき、W・C・フィールズの出たエピソードが全部カットされて公開されたことを思い出す。むろん、当時の日本人は誰ひとりそんなことを知らないまま見たことになる。
だが、こんなことにも当時のアメリカの対日占領政策の裏が見えてくる。

私が、このことを知ったのは、ずっと後年になってからだったが、検閲は現在のフェイクニューズとおなじなのだ。
この20年2月、クロード・ルルーシュの新作、「男と女 人生最良の日々」が公開される。「男と女」(1966年)、「続 男と女」の完結編という。

老齢の「ジャン・ルイ」(ジャン・ルイ・トランティニアン)は、養護施設で余生を送っているが、かつての記憶も薄れはじめている。彼の息子のたっての頼みで、「恋人」だった「アンヌ」(アヌーク・エイメ)が訪問する。長い歳月を経て、再会した男と女に、かつての相手への思いがしずかによみがえってくる。
撮影当時、トランティニアンもアヌーク・エイメも、もう80歳を越えていた。このふたりの映画を今の私が見たら、どんな感慨を催すだろうか。

クロード・ルルーシュは、私よりちょうど10歳下だから、こういう映画を撮ることもできる。今の私は映画批評も書かなくなっている。つまりは、かつての「女たち」の思い出をなつかしむだけしかできない。