これは、前に書いたと思うが、コロナ・ウイルスの感染拡大で、ヨーロッパが大きな被害を受けはじめていた4月、テレビで見たわずかな光景が心を打った。
イタリア・ミラーノ。外出禁止令が出たために、市中には誰ひとり姿をみせていない。
私が、イタリアで見たのは、まったく違うミラーノだった。誰ひとり市民の姿がない。絵ハガキのようなショットのなかに、ただひとり、有名な歌手が立っている。
ボッチェッリだった。
まるで、死の街と化したようなミラーノ。
だれひとり観客のいない大聖堂の広場で、ボッチェッリが「アヴェ・マリア」ほか5曲を独唱した。それをニューズとして流している。
時間としては、ほんの数分だろうと思う。
久しぶりにボッチェッリを見たが、容貌はすっかり老人で、別人のようだった。
私は、そのボッチェッリの姿に、感動した。歌よりも何よりも、ボッチェッリがまったくの無観客の広場に立っている。そのことに胸を衝かれた。このとき、ボッチェッリの胸に何がよぎっていたのか。
これもテレビで見たのだが、「封鎖都市・ヴェネツィア」。2月、カルナバーレで賑わうヴェネツィアは、コロナ・ウイルスについて誰ひとり知らない。この時期の感染者、ゼロ。死者、ゼロ。
だが、突然、コロナ・ウイルスの感染爆発が起きる。カルナバーレも、あと2日を残して中止される。こんな事態は、ヴェネツィア人のかつて知らない異常な事態だという。
ボッチェッリのシークェンスにつづいて――南米コロンビアで、男女の外出禁止。これもコロナウイルスの感染拡大を防ぐため。ボゴタ市内のショット。公園の広場、男たちが2、3人、ベンチでぼんやりしている。
ボゴタ在住で、私のブログを読んでくれた日本人がいた。なつかしい思い出のひとつ。
2020年4月。日本人女性で、ミュージカル、「ミーン・ガールズ」の舞台に立っていたリザ・タカハシの証言。
ブロードウェイは、「アラジン」、「プロム」などを公演していた劇場すべてが中止。2月には、まだオーディションが2,3あったが、3月から皆無になった、という。
私は、ブロードウェイで、ストレート・プレイやミュージカルを観に、夜の雑踏のなか劇場までいそいだことを思い出した。そのブロードウェイに、ほとんど人の姿がなかった。私は暗然とした。
ブロードウェイでさえこうなのだから、西海岸の劇場、公共劇場、各地を動いているトゥアー公演も、ほとんどが公演中止に追い込まれているだろう。
こういう状況で、いちばん先に生活に困るのは、いつも多数の舞台関係者、芸術家たちなのだ。
その後、感染はますますひろがって、大統領選の1カ月前に、トランプ大統領も感染するような事態を迎えた。
2020年10月10日、ブロードウェイの劇場は、すべての公演中止を、来年5月30日まで、延長することが決定された。今年3月中旬にはじまった劇場閉鎖は、ついに1年以上におよぶことになった。
ブロードウェイの関係者は、およそ9万7千人。経済効果は、年に148億ドル。日本円にして、約1兆5600億円。
この災厄は、アメリカ演劇史に残るだろう。