1850 (2020年4~5月の記録)

「外出自粛」の日々。
20年4月7日、安倍首相が緊急事態宣言の表明。対象は、東京都、神奈川、埼玉、千葉、大阪府、兵庫、福岡の都府県。期間は5月6日までの1カ月程度。

東京では、6日、大学、映画館、ナイトクラプなども休業している。
わが家の前の道路も、今朝から1人も通行人がいない。車も通らない。日本人の気質、とくに従順さ、規律正しさが、よくあらわれている。

この頃、イギリス、ジョンソン首相は、コロナ・ウイルスの感染で入院していたが、病状が悪化したため、6日、集中治療室に入った。首相代理は、ラーブ外相。イギリス政府では、ハンコック保健・社会福祉相も感染、他にもウイルス感染で自主隔離に入った閣僚もあり、首相の婚約者(妊娠中)も感染が疑われている。イギリスの感染者数、5万2000人、死者、5300人を越え、1週間で感染者は2倍、死者は3倍に急増していた。
アメリカは、感染者数、36万6614人、死者、1万783人。N,Y.市長は、希望的観測としながらも、感染拡大のペースが抑えられ始めた可能性がある、としている。

 

緊急事態宣言、3日目。20年4月8日(水)快晴。
中国ウイルス。6日の時点で、世界の死者数は7万人を越えた。2日に5万人、5日に6万を越えていたから、バンデミックの進行はとまらない。N.Y.は、5日の時点で、死者数は4159人。4日は、504人で4日の630人を下まわったので、いくらか安心したのだが。
何も読むものがないので「中国帝王志」の1920年代の部分を読む。

 

20年4月9日(木)快晴。外出自粛を続けている。わが家の近辺ばかりでなく、通りに通行人の姿はない。車も通らない。まるで、戒厳令が布かれたような状態。
このまま5月の連休明けまで家の中で過ごすのだから、退屈な日々が続く。仕方がない。

私は、DVDばかり見ていた。なにしろ時間をもてあましているのだから。思いがけない「再発見」もある。「あいり」の2作目。前に見たときは、これが2作目とは気がつかなかった。こんなことに気がつくのも、室生 犀星ふうにいえば――「今日も一日生きられるという素晴らしい光栄は、老いぼれでなければ捉えられない金ぴかの一日」なのだから。

中国ウイルスの感染拡大で、大きな被害を受けているイタリア・ミラーノ。まったく観客のいない大聖堂の広場で、ボッチェッリがアカペッラで「アヴェ・マリア」ほか5曲を独唱した。久しぶりにボッチェッリを見たが、容貌はすっかり老人で、別人のようだった。歌よりも、そんなことに胸を衝かれた。
南米コロンビアで、男女の外出禁止。これも中国ウイルスの感染拡大を防ぐため。ボゴタ市内のショット。公園の広場、男たちが2、3人、ベンチでぼんやりしている。N.Y.は、感染者10万3208人、死者、6898人。日本人女性で、ミュージカル、「ミーン・ガールズ」の舞台にたっていたリザ・タカハシの証言。ブロードウェイは、「アラジン」、「プロム」などを公演していた劇場すべてが中止。2月には、まだオーディションが2,3あったが、3月から皆無になった、という。こういう状況で、いちばん先に生活に困るのは、多数の舞台関係者、芸術家たちなのだ。

読みたい本があるのだが、本屋も休業。なにしろ暇なので、まだ手元に残してある本を読み返す。昨日は、明和の川柳を読みつづけた。ほとんどの句は、わからない。当時の世態風俗を知らないし、典拠も見当がつかない。それでも、一句々々、ゆっくり読んで行く。

一生けんめい 日本と書いて見せ

 こんな句にぶつかると、18世紀、明和の頃に、すでに日本という国家観念が庶民に理解されていたのだろう。「あふぎ屋へ行くので唐詩選習ひ」という句があるところを見れば、庶民が中国を意識していたことはまちがいない。そういえば、「紅楼夢」はいつ頃から日本で読まれたのか。そんなことまで考える。これまたまったくの暇つぶしだが。

日本へ構ひなさるなと 貴妃はいひ     

三韓の耳に 日本の草が生え     松 山    (文化時代)

日本の蛇の目 唐までにらみつけ   梁 主    (文化時代)

日本では太夫へ給ふ 松の號     板 人    (文政時代)

東海道は日本の大廊下        木 賀    (文政時代)

 江戸の、化政時代の文化も、私の想像を越えているのだが、川柳のなかにも、役者の名が出てくる。海老蔵、歌右衛門、三津五郎、路考、菊五郎、宗十郎、彦三郎、田之助、半四郎、小団次などがぞくぞくと梨園に登場してくる。
こうした名優たちの名跡の大半は、今に受け継がれている。

はじめこそ猥雑なものだったに違いないが、やがて、芸風も洗練されて、すぐれた劇作家もぞくぞくとあらわれる。
私は、歌舞伎をあまり見なくなったが、それでも、今の海老蔵の団十郎襲名にあたっては、見たこともない五代目(後の白猿)や、水野越前の改革で、江戸を追放された七代目の故事を重ねて、しばし感動したものだった。

もはや誰も知らない名優たちをしのびながら、あらぬ思いにふけるというのも、中国ウイルスの感染拡大で、ブロードウェイの劇場が軒並み休場している現在、多数のミュージカルのアンサンブルが失業していることに、心が痛む。

錦着て 畳の上の乞食かな  市川 団十郎(五代目)