1760 〈1977年日記 7〉

1977年5月9日(木)

快晴がつづく。
本、雑誌など多数届いた。
「二見書房」の長谷川君から電話。仕事の依頼。
1時半、めずらしく「花輪」のおばさん(須藤 みさお)がきてくれた。わざわざ棟上げのお祝いにきてくれたのだった。義母、かおるの妹。ほんとうに純朴で、近所つきあいもせず、まるで少女のまま大人になってしまったようなお人柄。人見知りがはげしく、何につけ遠慮がちな老婦人。私が百合子につれられて挨拶に行ったときは、あわてて奥の部屋に逃げ込んで、百合子が何度か押し問答をして、やっと出てきたが、私の顔も正視せず、三つ指をついて頭を畳にすりつけるような老婦人だった。そのおばさんが、はるばるお祝いにきてくれたのだから、こちらとしても恐縮するばかり。

倉橋 由美子さんから新刊の「迷宮」を贈られたので、読後、お礼申し上げるつもり。

 

 

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1977年5月10日(金)

百合子、大宮に行く。
百合子は、いつも体調がすっきりしないので、私が与野の高原君に連絡して、大宮で待
ち合わせ、付添いを依頼する。
11時45分、百合子といっしょに家を出たが、駅に着いてから、ガス湯沸かし器をつ
けっぱなしにしたような気がした。タクシ-で家に戻る。ガスは消してあった。待たせて
おいたタクシ-で駅に戻ったが、つまらない事で時間をロスした。
途中までいっしょだったが、百合子と別れて、私は葛西に向かった。
竹内君のマンションに寄って、お子さんと対面。可愛いお嬢さん。
「山ノ上」(ホテル)で、「二見書房」の長谷川君に会う。仕事の話をすすめる。そこに、桜木 三郎君がきてくれた。桜木君は「プレイボ-イ」(5月24日号)に、アナイス・ニンの記事を書いてくれた。感謝。
桜木君と話をしているところに、アメリカでエリカと会ってくれた松浦 ゆかりという少女がきてくれた。ゆかりさんは、エリカに、スラックスをプレゼントしてくれたのだった。すらりとした長身の美少女だった。桜木君がひやかす。
「先生はいいですね、あんな美少女のガ-ルフレンドがいるんだから」

大学の講義。
熱心な学生が多いので、私の講義もうまく行く。こういうときの昂揚感は、芝居の演出をしていて、初日の幕をあげた瞬間、あ、この芝居、うまく行くぞ、と確信するときの気分に似ている。私の講義を聞きにくる石本や、安東夫妻も、私の気分に影響されて、いろいろと私の講義の内容を話しあう。
工藤 淳子と食事をしながら話すことにして歩きだしたところで、鈴木 君枝と会った。ついでのことに、鈴木 君枝もつれて行くことにした。

百合子は無事に与野に着いて、浦和の「北越銀行」から送金した。大宮に寄って、私の両親に会って、挨拶。そのまま、帰宅。
千葉に帰ってきてすぐに、「千葉銀行」から連絡があったという。
「千葉銀行は、このところかなり気を使っているみたい」
百合子がにんまりしてみせる。

 

 

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1977年5月11日(土)

つぎの登山計画。メンバ-。

石井 秀明、林 恵子、高瀬 悦子、大久保 清、栗林、妹尾 とき江。以上、電話。
伊藤 康子、石井 謙、和田 実、諸橋君たちに電報。

「二見書房」の長谷川君に、原稿。

原 耕平君、原稿の依頼。10枚、25日。

吉沢 正英君から電話。「白い家の少女」を褒めていた。ジョデイ・フォスタ-という少女が気に入ったからだろう、とからかってやる。この少女には何かがある。
松島 義一君(集英社)から電話。6月、ロンドン、マドリ-ド、パリ、フィレンツェ、コペンハ-ゲンに行くという。パリで、中上 健次と会う予定。私はパリに行ったら、古賀 協子に会うようにすすめた。

松山 俊太郎さんから電話。小栗 虫太郎のこと。戦争中に出版されたジュ-ル・ヴェルヌの「神秘島物語」のこと。松山さんは、「ユリイカ」(ヴェルヌ特集)に寄せたエッセイで、この小説を昭和18年に読んだと書いている。「国会図書館」の目録には、昭和20年(1945年)に、「神秘の島」という題名で出版の記録がある。ところが昭和18年には記載がないので松山さんは不審に思ったという。私が松山さんにハガキを寄せたので、この電話はその返礼。松山さんは、国学院大学で英語を教えるという。

倉橋 由美子さんに礼状。

「暗い旅」をめぐって、江藤 淳がいいがかりをつけて、盗作問題に発展したとき、私は倉橋 由美子さんに同情した。「暗い旅」が、ミッシェル・ビュト-ルの「心変わり」を模倣したと指摘した江藤 淳の内面には、やはりねじくれた劣等感がからみついているだろう。
「暗い旅」は翻訳もある作品と類似した部分はあるにしても、作家自身が模倣したと認めているのだから、盗作などと呼ぶべきではない、と考える。私は何も発言しなかったが、暗黙に倉橋さんへの支持はつたわっていたと思う。

シャトル、エリカから電話。百合子のアメリカ行きの日程をつたえる。

私もアメリカに行きたい。できれば、アナイスを訪問したいと思う。しかし、つぎからつぎに仕事に追われている現状ではアメリカ行きは無理だろう。