小説を読んでいて、すばらしい自然描写にぶつかることがある。
外では雪が弱まり、ときおり紙吹雪のような雪片がはらりはらりと通りに舞い落ちていたが、いつしかぱたりとやんでしまった。向かいの建物の御影石と煉瓦が、まぶしい冬の陽射しを受けてキラキラ光る。みれば雲の切れ間から光線の束が射しこんで、まるで天が祝ってくれているようだった。言っておくが嘘はこれっぽっちも書いてはいない。
ブラッドフォ-ド・モロ-作、谷 泰子訳、『古書贋作師』(創元推理文庫・2016.6.24.刊行) P.177.原題は「The Forgers」。
コナン・ドイルなど、有名作家のご真筆を偽造する「贋作師」Forger が後頭部を殴打され、両手首を切断された状態で発見される。二月の雪しぐれと日照時間の短さのせいで初動捜査が遅れる。
現場には、リンカ-ンのような政治家や、マ-ク・ト-ウェン、チャ-ルズ・ディッケンズなどの直筆の手紙、生原稿、稀覯本などが散乱している。おびただしいコナン・ドイルの書簡なども。
小説の語り手は、「贋作師」Forger自身。
その「贋作」を咎めて、正体をあばくという脅迫の手紙が届く。差し出し人は、なんと「ヘンリ-・ジェ-ムズ」だった。そればかりではなく、ほかの有名作家の手跡を模倣した脅迫状が届く。題名の『贋作師』は複数のForgersである。
この本の書評をするつもりはない。谷 泰子の訳がいい。この作品に描かれるニュ-ヨ-ク州の冬、そしてアイルランドの南部のはげしいあらしなど、小説の雰囲気にぴったりした自然描写。私は、谷 泰子の訳に感心したのだった。
イエ-ツの詩の一節が使われて、小説のおそろしいム-ドを予感させるあたり、この作家の文学的な教養の深さがしのばれるようだった。
俳句を思い出した。イエ-ツに関係はないのだが。
木枯らしや 沖よりさむき 山の切れ 其 角
虎落笛(もがりぶえ)しきりに星の飛ぶ夜かな 耳 洗
さびしさの底ぬけてふる しぐれかな 丈 草
私の思い描く時雨や、あらしは、こんなところだが。
(私の歳時記・7)