鉄道を詠んだ短歌は無数にあるだろう。
たまたま、大島 武雄の短歌を見つけたので、おなじ時期(1933年・昭和8年)に発表された前田 夕暮の短歌を引用する。
青い地図のなかの白樺は風に吹かれる、山岳鉄道駅の尖った屋根!
向うにダムがある、ダムがあふれる。雪どけ季節だ レールが光る
山岳鉄道は地図の上を走る。無蓋車にあふれる若者達の笑ひはじけた顔
昭和8年、ヒトラーが政権を掌握している。石坂 洋次郎の「若い人」、谷崎 潤一郎の「春琴抄」、川端 康成の「禽獣」などが発表されている。
小林 多喜二が警察の拷問で非業の死をとげた。
前田 夕暮は、4年前から口語体の自由律短歌を試作したが、太平洋戦争中に定型短歌にもどっている。理由は――すぐに想像がつく。
友もわれも もだし並びて 人を待つ 二月の夜のホームの寒さ
これやこの桶狭間かも 麦畑のなかつらぬきて 電車は走る(旅にて)
この二首は、大村 八代子の作。残念ながら、この人のことも私は知らない。
臨港鉄道 終点にして 乗降者なし もの売る店なし 住宅なし
貨物船 入り来る運河のさきになほ 電車の走る埋立地見ゆ
この二首は、土屋 文明作。鶴見の臨港鉄道を詠んだもの。10年後に、私は勤労動員で、この鉄道に乗って「三菱石油」の工場に通った。
今年の3月。北海道新幹線が開通した。
私の20世紀がまたひとつ終わった。