ある人生相談。
50代の女性。小学生の頃から頭にある問い、「生きていることの意味」がどうしても見いだせません。
本を読みあさり、人の話をきき、人間はこの世だけに生きているのではないと考えるようになりましたが、いつも前向きではいられません。今はもう、お迎えが来てもいいような気持ちになったりもします。思い残すことなどないような気がするからです。
悩みがないからかもしれません。たた、生きているだけで尊いと感じるほどの大病やけがをしたりしたら、と思うと怖くもなります。幼い頃から親の離婚や夫の失業など二度と味わいたくない経験もしました。それでも家族を思って生きてきた自分が、今はなにやら腹立たしく思えたりします。
その経験が、今の平穏な暮らしにつながっているのだとわかってはいますが……
生きていく信条のようなものは、どうしたら見つけられるのでしょうか。(兵庫・K子)
私は、これを読んで、思わず笑ってしまった。
中年にさしかかってから、「生きていることの意味」を考えて、どうしても答えが見いだせない女性に対してまことに失礼な話だが、笑うしかなかった。小学生の頃から、「生きていることの意味」を問いつづけてきたという。たいへん哲学的な思索をつづけてきたと尊敬してあげようか。
幼い頃から親の離婚や夫の失業など二度と味わいたくない経験をした、という。「二度と味わいたくない」つらい経験だったはずだが、それももう考えなくてもいい環境にいきている。「人間はこの世だけに生きているのではないと考えるようになった」というのは、私にはよくわからない。来生を信じるというのであれば、やはり幸福なのだろうと思う。にもかかわらず、心のどこかに、「大病やけが」をするかも知れない不安がひそんでいる。
ここまでくれば、このオバサンの悩みは、私たち誰にとっても共通の切実な悩みということになる。しかし、「今はもう、お迎えが来てもいいような気持ちになったり」するというのだから、ここでは、当面、どうすれば悩みから解放されるのか考えたほうがいい。
オバサンは、いろいろと本を読みあさり、人の話をきき、人間はこの世だけに生きているのではないと考えるようになった、という。
お読みになった本のなかに、たとえば、谷崎 潤一郎、川端 康成、太宰 治、三島由紀夫は入っていたのだろうか。
あるいは、中里 恒子、林 扶美子、津島 祐子、田辺 聖子を1冊でも読んだことがあるのだろうか。
現在、50代の女性の少女時代にどんな遊びがはやっていたのか、私には想像もつかないのだが、ピンク・レディーの「UFO」の真似をしたり、友だつちにぶつかったりじゃれあったりしたときに、「ごめんごめん、いったんごめん」と、「ゲゲゲの鬼太郎」のギャグを口にしたことはなかったろうか。そんな子どもらしいいたずらをするよりも、「生きていることの意味」を考えつづけていたのか。
「おぼっちゃまくん」や、「ムーミン」を見て、きみは、無意識にせよ「生きていることの意味」を問いかけなかったのだろうか。
たとえば、きみは、牧 美也子、竹宮 恵子、萩尾 望都のマンガを読まなかったのだろうか。グループ・サウンズの「タイガース」の隆盛期だったから、ジャニーズを聞かなかったはずはない。
私は対症療法を考える。
このオバサンは、ほとんど映画も見たことがないのではないだろうか。
つい、最近の映画をあげておく。「日本のいちばん長い日」を見ましたか。「ジュラシック・ワールド」を見たのですか。TVドラマの「ダウントン・アビー」や「情熱のシーラ」を見ていましたか。
かりに、これらの映画やドラマの一つでも見ていて、なお、きみは「生きていることの意味」をみずからに問いかけなかったのだろうか。
「今ある幸せに感謝しながら、時々むなしくてたまらなくなります」という。そもそもこれが見当違いなのだよ。「今ある幸せ」は「むなしさ」とは関係がない。
きみはすぐにも別のことを選んで、そこに自分のあらたな喜びを見いだすべきなのだ。何か簡単にできる趣味を見つけてもいい。鉛筆1本で、小さなノートにスケッチを描く。あるいは、親しい友人にハガキ1枚を書いて送ることだっていい。好きな歌手のCDを買ってきて、その曲を毎日聞く。メロディーや歌詞をおぼえても、途中でやめない。美術館や知らない画家の個展に行ったら、どれか1枚の前に立って、できるだけ長い時間見つづける。気にいらない絵でもいい。ただ、黙って見てやる。
きみの住んでいる土地の高校にも、生徒たちはいろいろな部活動をやっているはずだ。野球部や柔道部なら他校と練習試合をやる。そんな試合を見に行ってやる。演劇部の公演や、コーラス、器楽のコンクールを見に行ってやる。もの好きと思われてもいい。
ただし、何かきめたらできるだけ長い期間つづけること。
そのうちに「生きていることの意味」は、かならず見つかるよ。もし、見つからなければ、また別のことに切り換えればいい。「生きるための信条」なんて、いくらでもころがっている。それを見つけるのは、きみ自身なのだ。
「生きていることの意味」なぞ、もっと頭のいい人に考えてもらえばいいのだ。
もっとはっきりしたことをいおうか。一度でいい。浮気をしなさい。