【27】
武井 武雄の「おもちゃ箱」は、おもちゃの国の物語で、まず人形の家と、そこに住んでいる人形たちの紹介からはじまる。
靴屋の「フョドル」、人形病院の院長先生、「ドクトル・プッペ」。綺麗な「お姫さま」。「ヱカキサン」。「ヘイタイサン」。「アヲイメノ・ジュリエット」。「センセイ」。「オマワリサン」。「デンシャノ・シャショウ」。「ヴァイオリン ヒキ」。「カンゴフサン」。「スヰヘイ」。「オネエサマ」。「ユウビンクバリ」。「バシャヤ」。「カミクズノ・カミサマ」。「ニハトリ・コゾウ」。
それぞれ個性ゆたかなキャラクターばかり。
「ニハトリ・コゾウ」だけを紹介しておこう。
ヨアケノ ホシガ デルト、オモチャバコノナカデハ
コック・ア・ドッドルドウ!!
ト イサマシイ ラッパガ ヒビキマス。
オモチャタチガ ミンナ メヲ サマシマス。
オモシロイ オモチャノ クニノ オハナシガ ハジマルノハ ソレカラノコト
デス。
ストーリーは、「ワラの兵隊、ナマリの兵隊」、木の人形の「キデコさんノはなし」、「キックリさんの話」、「クリスマスとオモチャバコ」と展開してゆく。
なぜ、こんなことを書いておくのか。小さな理由がある。
安部君は、「近代文学」の同人たちのなかでは埴谷さんといちばん親しかったが、ある日、二人はちいさなイタズラをして遊んでいた。
「戦後」に登場した作家、評論家たちを、動物にたとえて、ふたりで大笑いした。私は、あとからこのイタズラに加わったが、そのとき、安部君が、「ヘイタイサン」。「センセイ」。「デンシャノ・シャショウ」。「ヴァイオリン ヒキ」。「スヰヘイ」。「オネエサマ」。「ユウビンクバリ」。「バシャヤ」といった分類をしたので、私は、安部君の頭に、武井 武雄の「おもちゃ箱」があることに気がついた。
このときの、分類では、野間 宏は、「ヘイタイサン」だった。フィリピン戦線から復員してきた野間 宏は、いつも頑丈な軍靴をはいて、「近代文学」に姿を見せたからだろう。
私は「ネズミ」だった。私が「近代文学」のなかでいちばん小柄だったせいだが、「ワラノヘイタイ」と「ナマリノヘイタイ」が何かにつけて競争しているところに、不意に姿をあらわす「ネズミ」に似ていたからだろう。
ワラノ ヘイタイガ イキナリ オウマニ シガミツイテ ブルブルトフルエダシマシタ。
チヒサナ チヒサナ ネズミニ デアッタカラデス。
ナマリノヘイタイハ ネズミニタベラレマセンカラ ワザト イバッテヰマス。
エヘン!!!
つぎのぺージでは、2人は丸木舟に乗って池に出ている。体重差のせいで、舟はしずみそうになっている。ナマリノヘイタイは――
ナマリノカホヲ マッサヲニシテ サワギマス。
ワラノ ヘイタイハ オチツイテ イバッテヰ マス。
エヘン!!!
そして、
ドチラガ エライトモ イヘマセン。ダレデモ ソレゾレ イイトコロガアルノデス。
フタリノ グンサウハ ナカヨク タスケアフコトニシマシタ。
ということになる。「グンサウ」は、軍曹。下士官である。
私が、こんなことを書いておくのは、それなりの理由がある。
またまた断っておくが――武井 武雄のマンガのキャラクターを、「近代文学」やその近辺の文学者に擬して笑う、ひどく隠微なイタズラを楽しんでいたからといって、安部君や私の内面に、やりどのない屈折があったというわけではない。
私たちはお互いにふざけあっては笑っていたのだった。