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昭和の少年たちは――「のらくろ」、「日の丸旗之助」、「冒険ダン吉」といったマンガを読んで育った。女の子の場合は、「長靴三銃士」、松本 かつじの「くるくるくるみチャン」といったマンガを読んでいたはずである。
安部君と私は、こうしたマンガを話題にしたことはない。
戦前に出た児童向きの本で、もっともすぐれたシリーズは「小国民文庫」だった。
このシリーズには、菊地 寛の「日本の偉人」、里見 敦の「文章の話」、吉野 源三郎の「君たちはどう生きるか」といったすぐれた作品が入っていた。外国文学でも、チャペックや、エリッヒ・ケストナーの「点子ちゃんとアントン」などが入っていた。
科学の分野でも、石原 純、野尻 抱影などが、地球物理学、宇宙物理や天文学について、子どもにもよくわかるやさしい解説を書いている。アムンゼンの極地探検や、リヴィングストーンのアフリカ探検などが入っていた。
このシリーズの各巻にマンガが連載されていた。
これが、「青ノッポ赤ノッポ」。
作者は、武井 武雄。
安部 公房は、武井 武雄が好きだった。私も、このマンガ家が好きだった。むろん、彼と私にはやはり微妙な違いがあったけれど。
武井 武雄は今ではまったく忘れられているだろう。なにしろ昭和初期に児童向きのイラストレーターとして知られた芸術家だった。
「小国民文庫」のシリーズが成功して、「青ノッポ赤ノッポ」が人気があったというわけではない。
青オニと赤オニが「現代」の日本にあらわれて、いろいろなことに驚いたり失敗する、といったタイム・スリップもののシリーズ。
ふたりともツンツルテンの洋服を着たオニだが、青ノッポは、おだやかな性格。赤ノッポは、すぐにカンカンになって怒りだす。子どもたちに人気のあったほかのマンガとは違ったトボけたユーモアがあった。
キャラクター設定は、サイレント映画のローレル・ハーディーあたりから着想したのではないだろうか。それまでのマンガの主人公たちとは異質なキャラクター設定、ギャグ、ユーモアがたくさん出てきて、私にはおもしろかった。
安部君と夫人の安部 真知は武井 武雄のマンガが好きだったが、マンガよりも版画家としての武井 武雄、または絵本作家としての武井 武雄が好きだった。
私は、安部 真知から武井 武雄に対するオマージュを何度も聞かされたが、ふたりがよく話題にしたのは――1928年に出版された武井 武雄の画噺、「おもちゃ箱」だった。