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マリア・マクサコワ。
マリインスキー劇場のソリストという。これだけでも実力は想像できるのだが、ファッション・モデル、TVの司会者、国会議員という。昔のソ連なら、さしづめ「人民芸術家」というところだろう。

スラヴ的な美貌。亜麻色の髪、眼に独特の魅力がある。真紅のドレス。金のアクセサリ-、手首の金環が、エグソテイックな雰囲気をかもし出す。

マリア・マクサコワは、前日(6月3日)、東京の「芸術劇場」が、トゥアーの初日だった。マリインスキー劇場のソリストが、はじめての東京で何を感じたのか。むろん、憶測のかぎりではない。千葉の公演は翌日だった。
たいていの芝居の公演でも、初日の舞台と二日目では、二日目になるとどうしてもトーンダウンする。私は、マクサコワの初日を見たわけではない。マクサコワ初日の規模の大きな「芸術劇場」と、千葉の小さなホールでは、キャパシティー、照明、音の効果、すべてが違っている。
マリインスキー劇場のソリストなら、異国の劇場で失敗するはずもない。しかし、旅の疲労もあるだろうし、初日の緊張はあったかも知れない。
しかし、東京の初日が成功したこともあって、翌日の千葉の公演では、マリア自身がリラックスしてこのトゥアーを楽しんでいるのではないか、と想像した。

マリア・マクサコワのレパートリー。
第一部では、「ラ・フヴォリータ」の「レオノーラ」のアリア。ビゼーの「カルメン」から「ハバネラ」。チャイコフスキーのオペラ、「オルレアンの少女」から、ジャンヌのアリア。マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」から「サントゥッツァ」のアリア。
マリア・マクサコワに、私は感動した。圧倒的にすばらしい。

私たちの知っている曲ばかり。
日本人におもねりすぎることのない、ごくまっとうな選曲で、バランスがいい。客席の反応もよかった。

私は「ハバネラ」を聞いて、マリア・ユーイングを思い浮かべ、「サントゥッツァ」から、シャーリー・ヴァッシーを思い出した。
率直な印象だが、「ハバネラ」はごく普通のでき。だが、「サントゥッツァ」は素晴らしい。

残念ながら、私は、ロシアのオペラについてはほとんど知らない。私が聞いたのは、せいぜいヴィシネフスカヤ、ピサレンコ、リューバ・カザルノフスカヤ、マリア・グレギナ。あとはユリア・サモイロヴァ程度。
ほんとうに残念ながら、日本でロシアのオペラを聞く機会はほとんどない。

ロシアに行ったとき、芝居とバレエは見たのだが、オペラを見る機会はなかった。

私のご贔屓はリューバ・カザルノフスカヤだった。
彼女は、旧ソヴィエトの末期に登場したディーヴァで、私は彼女の仕事をずっと追いかけてきた。旧ソヴィエトが崩壊したあと、東京で「サロメ」をコンサート形式でやったとき、オペラ好きの教え子たちを誘って聞きにいった。このコンサートは今も忘れられない。
リューバはその日,東京について,すぐにコンサート会場に向かったため、疲れきっていたのかもしれない。
しかし、彼女はまったく混乱したり、自信をうしなったり、いらだたしい気分を見せなかった。困難な時代に喘いでいるロシアのために歌っている誇りを見せていた。

マリア・グレギナの東京公演も見に行ったが、これはゼフィレッリの「演出」に関心があったためで、グレギナについてはただ感心しただけ。
ようするに私はロシアのオペラについて語る資格がない。

だが、マリア・マクサコワの歌とマラジョージヌイ室内オーケストラの演奏を心から楽しんだのだった。