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この夏、私は何も書かなくなっていた。暑い日がつづいている。何もしたくない。しばらく外出もしなくなっている。

気分転換のつもりで、ヒルデガルド・ネフを聞いた。

「IHRE GROSSTEN ERFOLGE」(ライヴ・イン・コンサート)KARAT。全14曲。

ヒルデガルドは、ドイツの女優。戦時中、ナチの映画官僚の2号さんになった。ソヴィエト軍のベルリン侵攻に、彼女は男装して抵抗した。戦後、舞台に立ったが、美貌だったためハリウッドに呼ばれた。この時は成功しなかったが、ドイツ映画のスターになった。 しかし、戦後の反ナチ気運にさらされ、殆ど亡命者のようにハリウッドに移り、たくさんの通俗アクションものに主演。
はるか後年、東西ドイツが統一されて、ヒルデガルドの伝記映画が作られた。

私は、この映画が東京で上映されたとき、親しい人たちといっしょに見に行った。ドイツ語がわからないので、原題や、監督、出演した女優さんの名前もわからない。パンフレットももらえなかった。だが、「ヒルデガルド」はすばらしい映画だった。
ほぼ、同時期に、マリア・カラスや、レイ・チャールズ、エディト・ピアフたちの伝記映画が作られて、それぞれすぐれた映画だったが、「ヒルデガルド」は抜群の作品といってよかった。

私の内面には、この映画のすばらしさが刻み込まれた。「戦後」のドイツ映画についてはほとんど知らないのだが、「ラン・ローラ・ラン」、「最後の5分間」以上の傑作だった。

この映画で――ヒトラーが最後にたてこもったベルリンに、ロシア軍が侵攻する。市民や、少年たちまでが抵抗する。ヒルデガルドも男装して、一兵卒として抵抗した。だが、ベルリンは陥落する。敗残兵として逃げる途中、ロシア兵に包囲されて降伏する。連行される途中、尿意をもよおすが、男装しているためにほかの捕虜のように orinare できない。
ヒルデガルドは、最後にズボンをはいたまま、gocciolarer する。そのため、女兵士と見破られてしまう。
生きるか死ぬかという恐怖の極限状況で、女優がオモラシする映画ははじめて見たが、見ていて感動した。その後の、ヒルデガルドがどういう危険にさらされたか。満州やカラフトに侵攻したソヴィエト軍の恐怖を知っている観客は戦慄したのではないか。