何かで読んだことばが、自分の内部に刻み込まれる。そのことばは、それだけで、しっかり心に根を張って、やがて、ほかのことばと重なりあってゆく。
それは、いつか慣れ親しんで、自分の思想になるかも知れない。
18世紀、それも世紀末の江戸に、細川 半蔵という人形作りの達人がいた。からくり人形を作ったらしい。
からくり人形は、当時の日本の技術をささえた江戸の職人技術の最高の達成だった。
その、からくり人形の最高の技術は歯車の創作で、西洋では、19世紀なかばになってから実用化されたインボリュート歯車とおなじものという。
寛政8年(1796年)に、細川 半蔵が出した本に、精巧な和時計や、からくり人形の制作過程が記録されているという。私は残念ながらこの本を知らない。
この本のなかで、
多くのものを見てそれを記憶して心にとどめること。そうした記憶と経験が蓄積されたとき、新しいものにふれる心の機転が働く
と書いてある、という。
私はこの文章をメモしておいた。なぜ、こんなものをメモしておいたのか。いまとなっては、そのときの私の心の動きが自分でもわからない。しかし、こういうことばの正しさを、私は疑わない。
そして、私は思い出した。
戦争の末期に、小林 秀雄から聞いたことばだった。
(つづく)