今年の夏は暑かった。
暑くて、ろくに本も読まなかった。
たまたま古い「キネマ旬報」(1952年7月上旬号)が出てきたので、読み散らしていたが……
この中に、戦後のヨーロッパ映画3本の公開が予告されていた。
たとえば、「ベルリン物語」、「愛人ジュリエツト」、「二百万人還る」など。
「二百万人還る」(Retour a la Vie)は、いわゆるオムニバス映画で、私は「ルイ・ジュヴェ」(第六部3章)で、この映画をとりあげている。
ジュウェの出ているエピソードは、ジョルジュ・クルーゾーの演出。
評伝「ルイ・ジュヴェ」を書いていた時期には、この映画が作られた1949年か、その翌年、1951年には見たものと思っていた。
現実には、私はジュヴェが亡くなってから、この映画を見たことになる。「二百万人還る」をジュヴェの遺作として見たのか、それとも戦後フランスの「現実」を知ろうとして見たのか。たいした違いはないのだが。
しかし、スクリーン上でこの俳優をふたたび見ることはない、という感慨が自分の内部にあったことは間違いない。むろん、はるか後年、評伝「ルイ・ジュヴェ」を書くことになる、などとは夢にも思わなかった。
この時期、すぐれた映画がつぎつぎに公開されていた。
イギリス映画の「第三の男」(キャロル・リード)。
イタリア映画の「ミラノの奇蹟」(ヴィットリオ・デ・シーカ)、
フランス映画の「輪舞「(マックス・オフュールス)、「ドン・カミロの小さな世界」(ジュリアン・デュヴイヴィエ)。むろん、私は全部見ている。
アメリカ映画は、「誰が為に鐘は鳴る」(サム・ウッド)。
「地上最大のショウ」(セシル・B・デミル)。
「セールスマンの死」(ラズロ・ベネデク)、「真昼の決闘」(フレッド・ジンネマン)、「見知らぬ乗客」(アルフレッド・ヒチコック)、「砂漠の鬼将軍」(ヘンリー・ハサウェイ)、「怒りの河「(アンソニー・マン)など。
日本映画では――
「東京の恋人」(千葉泰樹)、原 節子、三船 敏郎。
「若い人」(市川 崑)、島崎 雪子、池部 良、(ただし、市川 春代、大日向 伝の「若い人」のリメーク。)
「振袖狂女」(安田 公義)、長谷川 一夫、山根 寿子。
おかしなことにこれらの映画を、私は全部見ている。貧乏なもの書きだったが、暇だけは、たっぷりあった。映画も芝居も身銭を切って見ていた。私は、芝居、映画を見たり、コンサートに行ったりレコードを買うだけの目的で原稿を書きとばしていた。
当時は何も気がつかなかったが、若い頃の一時期にこうした映画をつぎからつぎに見つづけてきた幸運を思う。
当時の私は――もうおぼろげな記憶しか残っていないけれど、こうした映画を見ることで、自分の進むべき道をさぐっていたような気がする。
そのうちに、映画は試写で見ればいいと気がついた。そこで、映画批評めいた雑文を書くようになった。