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 ロンドン・オリンピック。テレビで中継される競技を、全部見たわけではない。しかし、運よく、見られた種目は、全部、楽しかった。

 登場する日本選手に声援を送った。とくに、女子サッカー、「なでしこジャパン」に、つきあって、睡眠不足の日々がつづいた。
 今回のメダルの獲得数が、北京オリンピックを越えたという。私は、メダルの獲得数にあまり関心がない。旧共産圏諸国のようにスポーツの振興、選手の育成に、じゅうぶんな予算をかければ、優秀な選手もふえるし、結果としてメダル数もふえてくる。
 そんな程度の認識しかないので、今回は、アテネ・オリンピックを上回る成績になったと聞いても、別にどうってこともない。

 ただし、柔道女子で唯一金メダルをとった松本 薫という少女選手の、強烈に闘志をむき出しにした表情には驚かされた。

 日本に最初に金メダルをもたらした選手が、松本 薫だった。
 日本の女子柔道の選手たちが、すべて途中で消えただけに、松本 薫としてはひそかに期するところがあったに違いない。
 あの表情は、まさに怒髪天を衝く、といった形容がぴったりで、まことに失礼ながら私は鬼か夜叉か、獰猛なオオカミを連想したほどだった。
 試合中も、相手の選手を射すくめるようなまなざしに、強烈な闘争心があふれていた。

 あとになって、テレビで見た少女の表情は、ごくふつうの女子高生のようだったので、また驚かされた。

 いろいろな表情が心に残っている。
 レスリングで、一度は引退しながら、復活して、最初で最後のオリンピックで、金を獲得した小原 日登美の表情にも感動した。サッカーの決勝に破れて、ゴール前に身を横たえ、天を仰いで涙していた「なでしこジャパン」の主将、宮間 あやの姿にも感動した。
 それぞれの表情は違うけれど、震怒(しんど)の表情を見せて戦った日本の女たちの姿は、私たちの心に忘れ得ぬ何かを刻んだと思う。

 ふと思い出した。しばらく前まで、女子柔道に天才的な少女がいて、マンガのヒロインのモデルになったとかで、「やわらちゃん」というニックネームでたいへんな人気があった。
 シドニー・オリンピックで、女子柔道48キロ級、競技初日に金メダルをとって、日本じゅうを沸かせた。
 「夢のよう。初恋の人にやっとめぐり会えたような気もち」といった。
 最高でも金、最低でも金と豪語した女の子であった。

 その後、絶大な人気を利用して参議院議員になったが、いまや、最高でも「小沢チルドレン」のひとり、最低でも「国民の生活が第一」の一員、つまり、まるっきり頭の中味の「やわらちゃん」になり果てている。
 どうか松本 薫はこういう例を見習わないように。