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イトド。
もう誰も知らないだろう。漢字で書けば、竃馬(カマドウマ)。
コオロギに似た昆虫。ただし、コオロギは全身が黒光りしているのに、カマドウマのほうは茶色。コオロギはいい音色を出す演奏家だが、カマドウマは、台所や便所のあたりをノソノソ歩きまわっているだけ。
別名、イトド。

ホダたけば よろぼいきたる イトドよイトド  蝶衣

ホダも、もう死語になっている。
漢字では木ヘンに骨。パソコンにはこの字はない。イロリにくべたり、竈(カマド)に火をつけるミチビにする木クズのこと。
私は都会育ちなのでイロリも竈も無縁だったが、戦後まで、田舎の農家のどこでも見かけた。イトドは都会の台所や便所にも出没していた。

温石のそろそろさむる 夜明けかな     華渓

棚に置きて 帯しめ直す カイロかな    鳴雪

冷え尽くす 湯婆に 足をちぢめけり    子規

温石(おんじゃく)は軽石を火であたためて、布にくるんで、寒さをしのぐ。中世からつたえられてきたらしい。今では、どこにも見られないだろうなあ。
カイロは懐炉。私の少年時代のカイロは、メガネのケースほどのサイズの金属のケース。長さ10センチばかり、幅1・5センチばかりの和紙の袋に木炭などの粉末をつめたもの2本をならべて入れる。その先ッチョに火をつける。
はじめは、ほとんど熱さが感じられない。やがて、少しづつ温かくなってくる。
その温かみがなつかしい。

湯婆はユタンポ。漢字では湯湯婆だが、子規の時代には「タンポ」と読んだのかも知れない。もっとも子規の句にリアリティーを感じる人ももういないだろう。

東日本大震災のあとの節電で、防寒用にユタンポが復活したという。私は、少年時代のユタンポに強い思い出があるのだが――ここに書くほどのことでもない。