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誰でも経験することだが、いろいろな本を読んでいるうちに、まるで自分のために作家が書いてくれたのではないかと思うようなことばを発見することがある。
そういう言葉は――たとえ、その言葉を読んだ本を忘れてしまっても――その言葉をはっきり思い出せなくなっても、そんなことはどうでもいい。

私は、そのことばを知らなかった以前の私に返ることがない。

そういうことばの力は――そのことばを、以前に知らなかった私、つまり中田 耕治のある部分を啓示してくれる。そういうことばが、私は好きなのだ。

私の好きなことばは、やはり私の好きな作家のコトバになる。いつも自分の身にひきつけて考えるので、そうなると、たとえばヘミングウェイをあげることになる。

 

No one ever learned literature from a textbook.

I have never taken a course in writing. I learned to write naturally and on my own.

I did not succeed by accident; I succeed by patient hard work.

Verbal dexterity does not make a good book.

 

教科書から文学をまなぶやつなんて、ひとりもいない。
私は、創作コースといった授業を受けたことはない。ひとりでに書くことを身につ
けて、独力で書いてきた。
偶然に成功したのではない。忍耐づよく、苦しい仕事を続けてきて成功したのだ。
ことばの器用さだけでは、よい本は書けない。

私はいろいろな機会に、若い人たちといっしょに勉強してきたが、自分のクラスで、ヘミングウェイの”若い人たちへの助言”のことばを忘れたことはない。

ヘミングウェイは、いつも自分の仕事にきびしい芸術家だった。彼のことばでいうと、いつも real thing (ほんとうのもの)をつかもうとしたからだった。

きみたちのなかにも、詩を書いたり、小説を書こうとしている人がいるかも知れない。その人は、いつか、このヘミングウェイのことばを真剣に考えるときがくるだろう。

もう一つ、私の好きなことばをあげておく。

Writing must be a labor of love or it is not writing.

 

やさしいことばだから訳す必要はないが、その意味は深い。何でもないことばだが、あれほど人生を愛し、美しい女たちを愛し、仕事を愛した作家の確信にみちたことばなのだ。
そのヘミングウェイでさえ、ときには失敗作を書いたし、何度も愛に傷ついたことを思いあわせれば、この言葉には、やはり、他人にわからない、つらい真実が秘められていることに気がつく。

私が好きなのは、こういう作家なのだ。今では、もう、誰もヘミングウェイのことなど思い出しもしないけれども。