1259

さしあたって何もすることがない。昔の映画でも見ようか。

昨年、サイレント映画「ベン・ハー」は、リメイクものの「ベン・ハー」しか見られないと書いた(’10.12.10)ところ、このブログを見た池田 陽子さんが、「ベン・ハー/コレクターズ・エディション」というDVDでサイレント映画が見られる、と教えてくれた。「アマゾン」で買えるという。
知らなかった。ありがとう、池田さん。

ところで、私は昔の「ベン・ハー」を見るような気分ではないので、「戦後」の溝口 健二の「楊貴妃」(1955年/大映)を見ることにした。

「絶世の美女・楊貴妃の波瀾万丈の人生を、壮大なスケールで描く悲恋ロマン!」
という。こういう惹句に意味はない。溝口 健二の作品でも、あまり評判にならなかった。つまりは、空虚な作品らしい。

「楊貴妃」は、溝口 健二のはじめてのカラー作品。
この年度の「毎日映画コンクール」で「色彩技術賞」を受けているのだから、当時としては最高のカラー作品だったと思われる。ただし、当時の撮影現場では、フィルムの色彩再現能力、レンズの性能からみて、おそらくたいへんだったと想像できる。京 マチ子の頬が削げて見えるのも、照明の輝度をあげるために、メークも変えたのではないか。この映画が、「日本映画技術賞」の照明賞を受けていることも、おそらくそのあたりにあるのではないだろうか。主演は、京 マチ子、森 雅之。

京 マチ子は、戦時中に、溝口 健二の「団十郎三代」(44年)に出ているので、この監督の演出を体験していた。だから、溝口 健二の映画に出てもそれほど違和感はなかったはずである。
京 マチ子の代表作は――「羅生門」(黒沢 明/50年)だろう。この映画で森雅之と共演しているが――夫と旅をしている途中、山賊(三船 敏郎)に犯される若妻を演じた。これは武士の女房という「役」だったが、眉を剃り落とした女の、能面のような無表情が強烈な印象をあたえた。
「羅生門」のあとも、溝口 健二の「雨月物語」(53年)、衣笠 貞之助の「地獄門」(53年)などのコスチューム・プレイで世界的に知られる。
ほかにも、「鍵」(市川 菎/59年)、「浮草」(小津 安二郎/59年)など、日本映画を代表する女優になっている。

京 マチ子は、その後も谷崎 潤一郎原作の「痴人の愛」あたりで、みごとな肢体を見せているのだが、この映画の京 マチ子は、頬が削げて、「春琴物語」(53年)、「赤線地帯」(56年)ほどの魅力がない。相手の森 雅之も、それほどいい芝居をしていない。

もっと可哀そうなのは、戦前のスターだった霧立 のぼるが、この映画では、ろくに台詞もない端役で出ていること。
新人の南田 洋子が、せいいっぱいがんばっている。(この女優は、昨年、亡くなっている。)                     (つづく)