1246

風邪がはやっている。

私は虚弱な子どもだったので、よく風邪をひいた。学校を休んで、ふとんに寝かされているのは退屈だった。枕に頭をつけて見ていると、閉めきったガラス戸からもれる光に、小さなゴミが浮遊するのが見えた。

発熱した頭で、ぼんやりゴミの動きをいつまでも見ている。

母親が手当てしてくれるのがうれしかった。

風邪のひきはじめには、ネギをミジン切りにして、生ミソをくわえたものに熱湯をそそいで、寝る前に飲む。

大根オロシに、ショーガをすりおろしたものを混ぜて、ショーユをかけ、あつい番茶をかける。それが風邪に効く、とされていた。
母親が、枕もとにもってきてくれるので、腹這いになって飲む。おいしいものでもなかった。

火鉢に炭火がおきている。鉄瓶がジンジン音を立てている。

灰の中に、キンカンの実を埋めて、まっくろになるまで焼く。皮がくろくなったキンカンの実をとり出して、お湯をかける。

いまどき、どこの家庭でもこんな療法はやらないだろう。こんな民間療法にどんな効果があったのかわからない。
私は、あまり風邪をひかなくなっている。
風邪をひいてもお医者さんの診察をうけることはない。
台所で――大根オロシに、ショーガをすりおろしたものを混ぜ、ショーユをたらしてお湯にまぜて飲む。
ふと、亡き母親のことを思い出す。