最近の私はあまり笑わない。
吉永 珠子は、そんな私を心配してときどき手紙をくれる。
なにしろ、手紙の表記に、中田 麹先生と書いたり、中田 工事先生、と書いてくる。悪意があってのことではない。私がこういういたずらが好きと知っていて、わざとふざけて書くのだった。
麹(こうじ)は、お米やムギをセイロで蒸して、暖かいムロに入れ、発酵させて、麹カビをつくる。うまく発酵すれば、おいしいお酒ができる。つまり、暗黙のうちに、文学的な杜氏(とうじ)として、私に敬意を表してくれているらしい。
工事というのは、たぶん、土木建築の工事のことで、毎日あくせく原稿を書いている私に対する、いささかの応援をふくんでいるだろう。
私は、彼女から手紙をもらうと、思わず破顔一笑して、さっそく読むのである。
ふと、考えた。
もし、中田 金之助、とか、中田 林太郎といった名前だったら、もう少し偉くなれたかも知れないなあ。一歩ゆずって、ペンネームでもいいかも。
どうせなら、中田 小鴉とか、中田 根っこ、または、中田 ひよこ、さては中田 メッキといったペンネームがいい。
小鴉はコルネイユ、根っこはラシーヌ。ひよこは、プッサン。メッキは、ドレ。
オレの作品に、コルネイユとかラシーヌの名がついていたら、サマにならねえ。(笑)
私が少し元気がなかったり、少しスランプ気味だったりすると、きまって吉永 珠子から手紙が届く。それを読むとすぐに元気になるし、書きあぐんでいた原稿もなんとか書けるようになる。
そもそも、こういうことを考えるのはヤキがまわった証拠だね。やっぱり、中田 麹か中田 工事ぐらいがお似合いだよなあ。(笑)