少年時代のことを思い出す。
ラジオで相撲の実況を聞いていた。野球の実況放送も聞いたが、そのナレーション、テンポ、エロキューションなど、今の人には想像もできないだろう。
ただ今、1時30分でございます。ただいまより、六大学野球、早慶第一回戦を放送いたします。少しくお待ちを願います。
……
ただいまの拍手は、慶応のシートノックがすんだところでございます。かわって、早稲田の練習でございます。ノックは、キャブテン、XXでございます。
……
本日は、朝は曇っておりましたが、ただいまはよく晴れまして、五月晴れとなりました。一塁線から外野センターのところまで、慶応の応援団、1万人以上。一方、早稲田の応援団、500人ばかし。三塁側に慶応の1万人に対しての涙ぐましい応援でございます。 …… フレーフレー ワセダ
かくて、早大、春の緒戦を勝ちとりますか、慶応、ふたたび王座をめざしますか、早慶、神宮グラウンドにあいまみえ、互いに一歩もゆずらず、竜虎あい打つ試合でございます。
……
早稲田の応援団、意気さかんに応援をしております。
……
いよいよ、試合の開始となりました。
少年の私は、ラジオにかじりついている。
……
やぁ、打ちました打ちました! 安東は、予定通りバントと見えましたが、みごとにヒット。やりましたやりました、1点。ランナー、真喜志、たちまちにしてホームイン!
……
次打者、田栗、ショートを抜けば、田村、懸命に走っております。やあ、ホームイン、ホームイン。吉永の返送球、やや高く、この間に三塁セーフ。これで早大、3点。田栗も一塁でセーフ。
本日は、投手戦というより、打撃戦になりまして、またもや、立石、ホームを踏みました。
さて、定期のお時間でございます。これよりしばらく経済市況を申しあげます。最初に、大阪の株式市場では……
私は、ラジオから離れて、母親のところに行く。
なんか、おやつ、ないの?
――何もないよ。コーセン、作ってあげるから、食べて。
香煎(こうせん)。クズ米を煎って、チンピなどとまぜた粉。ほんの少し、お砂糖をまぜて、白湯(さゆ)をそそぐ。たいしておいしいお菓子ではない。白湯をまぜないまま、口に入れると、口のなかが粉だらけ。むせたりする。
しばらくすると、
これで、経済市況をおわりまして、ひきつづき、早慶戦の放送でございます。
中断中に、慶応、三者凡退、ただいま、X回の表、早大の攻撃でございます。……
みごと、ストライク。これを、入江、見送って、安東、大きなモーション、ファール。アウトコーナーをややはずれたボール。2ストライク、1ボール。ランナーは笠井……
私はラジオにしがみつく。……やぁ、おもしろくなってきたぞ。ここで1点、入れるかなあ。
打ちました打ちました! 大飛球、大飛球。外野に向かって飛んでおります。
……
あ、レフト線上、堤、走る走る、ついにみごとにキャッチ。アウト、アウトでございます。打者がボールを打てば、野手がとるのであります!
私は思わずむせる。コウセンの粉が咽喉の奥にはりついた。
今でも忘れられないことがある。
私のクラスの、荒井君という同級生が作文を書いた。そのなかに「アナグソ」という言葉が出てきた。小学生の耳にはアナウンサーが「アナグソ」と聞こえたらしい。
今から70年以上も昔のこと。