ときどき思いがけない話を知って驚くことがある。
1927年、作曲家のヴァージル・トムスンが、ガートルード・スタインに訊いた。
オペラの台本を書いてみる気はありませんか。
ガートルード・スタインは、すぐに強い関心をもって、オペラの台本を書いた。アビーラの聖テレーザ、聖イグナチゥス・ロヨラが登場するオペラで、『四人の聖人』4 Saints という台本だった。
当時、ガートルード・スタインはスペインに旅行して、すっかりスペインに魅了されたらしい。ガートルードのスペイン熱は、友人のピカソの影響や、ヘミングウェイの『日はまた昇る』に刺激されたせいかも知れない。
ヴァージル・トムスンは、宗教音楽を書いてみたかったので、「聖人」が祈りをささげ、聖歌を歌い、奇跡を起こしながら、各地を遍歴するというドラマが気に入った。
第四幕、エピローグの、「聖人」たちが「汝、これを見て我を思い出すべし」という合唱曲を書いた。
このミュージカルは(ヴァージルのアイデイアで)オール黒人キャストで、上演された。
「ヘラルド・トリビューン」の劇評家が書いている。
ヴァージル・トムスンはバラ(ローズ)であるバラ(ローズ)であるマンネンロ
ウ(ローズマリー)であるアリス・B・トクラスであるトクラス、トクラス、ト
ック、ガートルード・聖スタインの三、四、五幕のいい、きよらな楽しみきよら
な楽しみきよらな楽しみの最後で最後ではない・・・というのが事実である。
むろん、ガートルード・スタインの「バラはバラ(ローズ)であるバラ(ローズ)であるバラ(ローズ)である」のパロデイ。つまり、ヴァージル・トムスンの作曲は、ガートルード・スタインふうだが、うまくいっていない、という意味。アリス・B・トクラスは、ガートルード・スタインの秘書で「恋人」だったレズビアンの女性。
意地のわるい劇評家が、せいぜいキイたふうなことをヌカしたつもりだったのだろう。
私はガートルード・スタインをあまり読んでいない。ガートルードの書くものはむずかしいので読めなかった、というのがほんとうのところ。
ガートルードがオペラを書いたと知って、ほんとうに驚いた。
この驚きは――ガートルード・スタインに対する驚きと、同時に、この時期のブロードウェイ・ミュージカルが、新しい方向性を模索していたことに対する驚き、これが重なりあっている。
(つづく)