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 登山の帰り。やっと山から下りて麓にたどりつく。とっぷり日が暮れている。
 ラーメン屋か一膳飯屋があれば、ビールを一本飲む。無事に下山できた自分を祝福する意味もあった。
 ラーメン屋もない土地。しばらく歩いていれば豆腐屋ぐらいは見つかる。そこで豆腐を一丁、地酒を一本買って、誰も通らない道ばたで、湯ドーフを作る。

 トーフの水切りは、ガーゼにくるんでマキスで巻くのがいいのだが、非常用のガーゼではなく、登山用に持っている三角巾でくるむ。
 だしコンブは15センチばかり、非常食としてザックに投げ込んである。
 アメリカ軍の放出品のフライパンにだしコンブをしいて、最後まで残しておいた水を張る。登山用のアルミカップに、醤油、ダシ汁、ミリン、削りブシのツケ醤油を入れて、フライパンに据える。
 このとき、カタクリコをほんのひとツマミ、ふたツマミ入れておくと、おトーフが固くならない。

 日本酒のお燗もできるけれど、フライパンが小さいので冷やで飲む。お燗の火加減もむずかしいので。

 湯ドーフが煮えてくる。
 真っ暗ななかで、ガスコンロの炎を見つめながら、その日の登山ルートを思い出したり、つぎはどこの山に登ろうかなどと考えながら、グビリグビリ。まっくらな山裾で、湯ドーフで一杯、われながらオツなものだった。