好きな女優はたくさんいる。
たとえば、(昭和)60年代の「キャッツ」に出ていた保坂 知寿。最近、ミュージカル「スカーレット・ピンパーネル」に出ていた柚希 礼音。
舞台やスクリーンを見ていてゾクゾクするほどエロティツクな女優は多くない。私の場合、たとえば、カティー・ロジェ。
誰も知らない、誰の記憶にもないような女優さんだが。
アラン・ドロンが、冷酷(というより非情で、どんな事態にも冷静)な殺し屋になっていた、ジャン・ピエール・メルヴィル監督の「サムライ」(1968年)という映画。
ストーリーはじつにシンプルで、殺し屋がナイトクラブの経営者を殺す。たまたま、黒人女性のピアニストに目撃されてしまう。ただちに非常線が張られて、殺し屋も検挙されるが、彼は巧妙にアリバイを用意していた・・
殺し屋は釈放されるが、警察は有力な容疑者と見て、盗聴、盗撮で、ひそかに彼の行動を監視する。一方、殺し屋は、黒人ピアニストに証言させないために、ふたたびナイトクラブに潜入しようとする。こうして、パリの地下鉄を舞台に、動き出した殺し屋を警察が全力をあげて追跡する。・・
映画監督は、アメリカの作家、ハーマン・メルヴィルを尊敬して、ジャン・ピエール・メルヴィルと名乗った。戦時中、抵抗運動に参加したこともあって、映画監督としての処女作、ヴェルコールの『海の沈黙』(1948年)の映画化で知られている。私たちはコクトオの「オルフェ」に出たジャン・ピエールを見ている。その後、「ギャング」(66年)、「サムライ」(67年)、「影の軍隊」(69年)、「仁義」(1970年)といったフィルム・ノワールで自分の世界を築いた。
私は戦後のフランス映画では、ジョルジュ=クルーゾォ、ロベール・ブレッソンなどよりも、ジャン・ピエール・メルヴィルのほうが好きだったし、ヌーヴェル・ヴァーグの映画よりも、当時、まったく評判にならなかったマルセル・アヌーンの「第八の日」のような映画のほうがずっとすぐれている、と見た。
現在でも、クェンティン・タランティーノや、徐克(ツイ・ハーク)の映画のほうが、ゴダール、ルイ・マルよりもよほど高級な映画作家だと思う。
ようするに、ものの見方のひねくれた映画批評家だったが、女優の好みも大方のファンとはまるで違っているかも知れない。
カティー・ロジェは、当時のフランス映画ではまだめずらしかった黒人女優だった。そして、私の知るかぎりでは、「サムライ」(67年)に出ただけの女優だった。
はるか後年、ハリウッドでも、ジェニファー・ビールス、アイリーン・キャラ、(まるっきり美少女どころではないが)ウーピー・ゴールドバーグ、(こちらは美少女だが)ハル・ベリーなど魅力的な黒人女優がぞくぞくと登場する。
その私にとってカティーは、もっとも魅力的な黒人フランスの女優なのだった。