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 ある芸人(アーティスト)のエピソード。

 1920年代の終わり。(調べればすぐにわかるはずだが、そんな気もない。) 見るからに田舎者らしい若者が、何かを大事にかえてブロードウェイをうろつきまわっていた。音楽専門の出版社を探していたのである。
 そうした出版社の一つ、「ジャック・ミルズ」を探しあてた彼は、主人に会いたいと店員に告げた。
 こうした出版社がどういうものか、「アメリカ交響楽」、「ブロードウェイのダニー・ローズ」、「レイ・チャールズ」などの映画を見れば見当がつく。

 ミルズは心おきなく若者を迎え、さっそくピアノの前にすわらせて、彼が大切にもってきた曲を弾かせた。
 それまで聞いたことのないメロディーとリズムのテューンだったが、ミルズは気に入って、その場で楽譜の出版をきめた。

 当時はいわゆるジャズ・エイジで、チャールストンが流行していた時代。この新作の楽譜はまったく世間の関心を惹かなかった。結果として、その後、4年間、倉庫に眠ったままだった。

 若者は安酒場のピアノ弾きで、その日暮らしの生活を続けていたが、4年たって、もう一度、「ジャック・ミルズ」に行ってみた。こんどは、その店のポップス・マネジャー、ジミーが楽譜を見た。
 ジミーは、この曲のホット・ジャズ的なトーンに感心せず、メロディーはそのままで、ムーディーな、哀愁を帯びたものに直した。このピアノを聞いた若者は、カンカンになって怒った。二度と、この楽譜出版社に足をはこぶ気はない、と決心して店を出て行った。
 しばらくして、ジミーはこの曲をラジオで放送した。これがきっかけで、この曲は大ヒットして、「ジャック・ミルズ」の楽譜の売り上げでトップになった。たいへんな評判になった。

 その後、ジミーは映画にも出演して、そのなかでこの曲を何度も弾いている。
 顔のまんなかに大きな鼻がついているので「シュノッズル」というあだ名で呼ばれた。 ジミー・「シュノッズル」・デューランティ。私が見た映画のジミーは、初老にさしかかっていて、半白の髪はまる刈り、ひどいガラガラ声で歌う。洒脱な人柄は、いかにもニューヨークの裏町育ち。まるっきり品がないが、芸人としては一流だった。
 曲は「スター・ダスト」。作曲は、ホーギー・カーマイクル。

 有名なエピソードらしく、戦後まもない1950年代に何かで読んだ。背景は大不況。「ワンス・アポンナタイム・イン・アメリカ」。いかにもアメリカ人がよろこびそうなサクセス・ストーリー。アメリカ人の「機会」と「夢」、そして思いがけない「成功」がやってくる。
 こんなエピソードをもとにして短編がいくつも書けそうな気がする。たとえば、ディモン・ラニョンふうに。

 古いね。(笑)