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 私の好きな俳句。

    初恋や 灯籠によする顔と顔    太祇

 この「灯籠」(とうろう)は、もともと常夜灯の謂(いい)だが、7月朔日から晦日ごろまで、盂蘭盆にどこの家でも新仏(しんぼとけ)のために飾られる。ペール・ブルー、ないしはエメラルド・グリーンを基本にした美しい飾り灯籠。(とうろ)と呼んでもいいらしい。私は、わざと(ひかご)と呼んだりする。
 この灯(ほ)かげに、顔と顔を寄せあって恋をささやいている。
 あるいは、何も語らずに、お互いに眼と眼を見つめあっているのか。

 初恋だから、エメラルド・グリーンの灯(ほ)かげがいい。

 炭 太祇、江戸中期の俳人。島原の妓楼の宗匠だったせいか、あまり人気がない。蕪村とはとうてい比較にならないマイナー・ポエットと見られている。

 蕪村の

    水鳥や 提灯遠き西の京 

 に対して、太祇の

    耕すや むかし右京の土の艶 

 を並べても、さして遜色はない。

    ふりむけば 灯とぼす関や 夕霞

 これは旅の一句。
これもいいけれど、「初恋や」のほうがいい。私としては、この人の俳句に好きなものが多い。

 ところで、「広辞苑」で、太祇(たいぎ)を引いたところ、

太祇(たいぎ) 炭 太祇。

 とあった。これだけである。「たん・たいぎ」の記述はない。
 「広辞苑」でさえこうなのだから、太祇はもはや忘れられた俳人と見ていい。しかし、「広辞苑」に記述がなくとも、太祇のすぐれた俳句は心に残る。