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 私の好きなことば。

    世人ノ情、楽ヲネガヒ、苦ヲハイトヒ、オモシロキ事ハタレモオモシロク、カナシキ事ハタレモカナシキモノナレハ、只ソノ意ニシタカフテヨムガ歌ノ道也、姦邪ノ心ニテヨマバ、姦邪ノ歌ヲヨムヘシ、好色ノ心ニテヨマバ、好色ノ歌ヲヨムヘシ、(中略)実情ヲアラハサントオモハハ、実情ヲヨムヘシ、イツワリヲイハムトオモハハ、イツワリヲヨムヘシ、詞ヲカザリ面白クヨマントオモハハ、面白クカサリヨムベシ、只意ニマカスベシ、コレスナハチ実情也

 本居 宣長。

 和歌というものは、政治的な効用を目的として詠むものではない。ほんらいは、もののあはれを詠むものだという宣長の論理は、「只ソノ意ニシタカフテヨムガ歌ノ道」という姿勢をもっていた。
 だから、姦邪ノ心ニテヨマバ、姦邪ノ歌ヲヨムヘシという。好色ノ心ニテヨマバ、好色ノ歌ヲヨムヘシ、といういいかたに逆説を読む必要はない。
 ただし、これは平凡な歌論ではない。ひどく静かないいかただが、なぜか宣長が激しているようなすさまじい緊張を感じる。

 ここから先は、私の平凡な感想。
 ときどき絵を描きたいと思う。実際にへたな絵を描く。どうかすると、アンクローシャブルなものになることもある。だからといって恥じる必要はない。好色ノ心ニテ描けば、好色ノ絵を描クベシ、と思うから。

 もののあはれを描くとすれば、どうあっても男女の恋を描くにしくはない。