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 レックス・ハリスンは、名優といっていい俳優だった。
 「クレオパトラ」のシーザー、「マイ・フェア・レディ」のヒギンズ教授といった役のレックスをおぼえている人がいるかも知れない。

 最初の夫人はコレット・トーマス。社交界のレディーだったが、レックスはかなり長い期間、離婚訴訟で苦労した。当時、ウィーンの女優、リリ・パーマーに出会っていた。

 第二次大戦が終わった1945年、レックス・ハリスンはリリ・パーマーと結婚して、ハリウッドに移った。
 「ハリウッドは気候が単調で、刺激がなかった。贅沢はひとの身をほろぼすね。いちばんよくないのは、仲間うちのお愛想笑い、いいかげんなヨタ話だった」

 ハリウッドは、レックスにまったく将来性を見なかった。リリーもおなじで、彼女はブロードウェイに移った。舞台に賭けたといっていい。
 リリーと離れたレックスは、キャロル・ランディスという女優とわりなき仲になる。しかし、キャロルが自殺したため、最悪のスキャンダルに見舞われる。
 リリーは窮地に追い込まれたレックスを救うために、ハリウッドに飛ぶ。レックスは警察の尋問を受けたり、リリーともどもジャーナリズムの執拗な追求にさらされるが、なんとか切り抜けて、ブロードウェイに脱出する。
 のちに、ランディス事件についてレックスは語っている。
 「何カ月も精神分析医に通って、自殺について語りあったよ。自殺する理由を探しながらね。結論は、キャロルは死への欲求に憑かれていたことになった」。

 レックスはブロードウェイで、つぎつぎに名作の舞台に立つ。マクスウェル・アンダースンの『一千日のアン』もその一つ。リリーとは、ジョン・ヴァン・ドルーテンの『鐘と書物と燭台と』で共演する。

 レックスとリリーが、もっとも幸福だった時期。

 やがて、リリーは語る。

 「英国人は女が好きじゃないのよ。少なくとも、イタリア人やフランス人が女好きという意味ではね。イギリス人は、女をほんとうに見ようとしないの。レックスが私にいってくれた最高のお世辞は、私といっしょにいると、ほんとうの親友といっしょにいるような気がする、ですって。彼って男の中の男なのよ、イギリス男ってやつ」

 レックスはリリーと離婚して、イギリス女優、ケイ・ケンドールと結婚する。

 小田島 雄志の劇評にあった――「このところ舞台でも世間でも「やわな愛」を見せられることが多い、と嘆いていたら、久しぶりに「歯ごたえのある愛に出会うことができた」という一節。
 これを読んだ私は、レックス・ハリスン、リリ・パーマー、ケイ・ケンドールの「地獄」を思い出した。これだって「やわな愛」の例だろう。
 しかし、見方によっては、男女の修羅、すさまじい地獄相に見える。
 そこで、また思い出す。

    すべて人に一に思はれずはなににかはせむ。ただいみじうなかなかにくまれ、あしうせられてあらむ。二三にては死ぬともあらじ。一にてをあらむ。

    自分が愛している人には、いちばんに愛されなければ、どうしようもない。愛されないのなら、いっそ憎まれたほうがまし。二番や三番の愛なんて、死んでもいやだわ。

 『枕草子』(九七段)。

 男女の交情がどれほどお手軽でも、女が、二三にては死ぬともあらじ、と考えているなら、その恋は「やわな愛」ではない。
 舞台や、世間でどんなに「やわな愛」を見せられようと、それはそれでいい、と私は考えている。