ノーマン・ドイジ博士は、ネットポルノ中毒は比喩ではないという。つまり、耐性ができるのであって、アディクトは、さらなる刺激を求めて、満足を得ようとする。ということは、それを自制しようとしても、薬物の中毒とおなじで、禁断症状が待ちうけている。
なぜ、ポルノ・サイトが、それほどに関心を喚び起こすのか。
ドイジ博士によればドーパミンの放出によって脳に可塑的な変化が起こる。ドーパミンは、性的な興奮によっても放出される。男女両性のセックスに対する欲求を高めて、オーガズムを得やすくする。つまり、脳の快楽中枢を活発にする。ゆえに、人はポルノに夢中になる。
私は(私程度の頭では)、この論理に反対意見を提出できない。しかし、これは、単純な三段論法ではないのかという(漠然とした、だが批評家としてはかなり確信的な)オブジェクションがある。
この程度の、そして、こうしたかたちで提出されるポルノ・アディクトという論点は、いかにも浅薄なプラグマティックなものに過ぎないような気がする。
これについては、もう少しあとで考えてみよう。