竹迫 仁子が訳したノーマン・ドイジ著『脳は奇跡を起こす』(講談社インターナショナル/’08.2月刊)は、私にとってはじつに刺激的な本で、いろいろと考えることができた。
著者は精神科医、精神分析医で、コロンビア大学の精神分析研究センターに勤務、さらにトロント大学の精神医学部に勤務しているドクターがいうのだから間違いはない。
このドクターは、作家、エッセイスト、詩人で、カナダの「ナショナル・マガジン・ゴールド・アワード」を4度受賞している。
私の頭では、とてもこのむずかしい本の書評は書けないので、ごく一部、その1章、「性的な嗜好と愛」を読んで教えられたこと、それに触発されたことを書きとめておく。
性的な嗜好は、あきらかに文化や経験によって影響され、後天的に獲得され、脳にコネクテッドされる。(その通り。)
ただ「嗜好」といった場合は、先天的なものをきすが、「獲得された嗜好」といえば、学習によって得られた嗜好をさす。(これも、その通り。)
だから、最初のうちは無関心だったもの、ないしは嫌いだったものが、あとになって快いものと感じられるのが、「獲得された嗜好」ということになる。
ポルノに関心をもつのも、性に対する嗜好が後天的に獲得できることをはっきり示している。
私の関心を惹いたのは――ポルノを見れば、「獲得された嗜好」の変遷がはっきりわかるという指摘だった。
三十年前は、「ハードコア」ポルノといえば、性的に興奮した男女が性交している様子を、性器まで見せて、はっきりと撮影してあった。「ソフトコア」ポルノは女性の写真で、たいていはベッドやトイレ、あるいき色気のある場面設定で、女性があられもない肢体をさらけ出している。胸をあらわにしているが、どの程度まで見せているかはさまざまだった。(P.128)
著者は、インターネットが急速に普及して、多数の男性がポルノを嗜好するようになった反面、一方では困惑し、嫌悪感を抱いていると見る。その結果、性的な興奮のパターンがおかしくなって、男女関係や性的な能力にまで影響がではじめた、という。
私は、ポルノ・サイトを見たことがない。関心がないというとウソになる。関心はあるのだが、AVや、「ハードコア」ポルノといったジャンルのものはビデオ、DVDで見たほうがいいと思っているから。
それに、インターネット・リテラシーがないから。
私自身は「ハードコア」ポルノを見ても、困惑したり嫌悪感を抱くことはない。
ただし、拙劣なカメラワーク、あきらかに犯罪的なシチュエーションのものには嫌悪感を抱く。
(つづく)