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 私にしても、何度も「助六」を見てきた。戦時中に見た、羽左衛門の「助六」、吉右衛門の「意休」は、いまだに眼に残っている。

 今の団十郎の「助六」を見ながら大昔の団十郎(九代目)の話を思い出した。(ただし、この役者を、昭和生まれの私が見ているはずがない。)こっちの団十郎は、養父、河原崎権之助にみっちり仕込まれた。
 この権之助は、明治元年、今戸で、凶賊に襲われて横死した役者。(戦後すぐに起きた、仁左衛門殺しに似ている。思えば、敗戦直後は、すさまじく殺伐な時代だった。)権之助殺しも幕末から明治に移った時代の混乱のなかで起きた悲劇だったが、その断末魔のうめきが凄まじいものだった、という。
 それを二階にいた団十郎が聞いていた。後年、「湯殿」の長兵衛で、これを芝居(演技)にとり入れた。この長兵衛の打たれで、肺腑をえぐるよえなうめき声の迫真に、満場、戦慄したという。ちなみに、このときの水野十郎左衛門は河原崎権十郎。

 「助六」を見ながら(実際には、見たこともない)大昔の団十郎を連想するような私の意見だから、当たっているとはいえないが・・・

 パリから戻ってきたあたりから、団十郎もようやくいい役者になってきた。