ある古書展で尾崎 秀樹に会った。私はまだ小説も書いていなかった。
帰り際に立ち話をしたのだが、
「大衆小説を研究してみたいんだけど、どうでしょうか」
尾崎 秀樹は、言下に、
「よしたほうがいい。苦労するだけですよ」
と答えた。
素直に彼の忠告にしたがった。
私はミステリーを書いた。やがて時代小説を書いた。
ミステリーをふくめて大衆小説の解説や、ときには作家論めいたものを書くようになったが、研究として書いたわけではなかった。まして、大衆小説のイデオローグとして発言したり、批評したことはない。
私の内面では、ミステリーや大衆小説の批評と、いわゆる文学批評に文学的な径庭はなかった。