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 うれしいニューズ。
 新種と見られる恐竜の化石が発見された。アルゼンチン西部、ネウケン州。発見したのは、ブラジル、アルゼンチン古生物学者のチーム。(’07年10月15日)

 この恐竜は草食性で、ティタノコサウルス類の新種らしい。
 全長、32~34メートル。頭の高さは約15メートル。4階建てビルの高さ。

 化石は、7年前、湖のほとり、約8800万年前(白亜紀後期)の地層から発見された。全体の7割程度が、ほぼ完全に近いかたちで発掘されたという。

 先住民のことばで「トカゲの巨大なボス」という意味の「フタログンコサウルス」と命名された。

 フタログンは歩きつづけた。どこからきたのか。それはわからない。自分でも考えたことはない。なにしろ、巨大な図体なので、脚に怪我をして痛みを感じても、その痛みが脳につたわるまでに時間がかかった。思考回路が長いせいだろう。15メートルも先にある頭のほんの少しの脳が動き出しても、その反応が脚にフィードバックするのに、また時間がかかる。だから、彼は何も考えない。
 ゆったりした時間の流れのなかで、全長、30メートルを越えるからだが、つぎの一歩を踏み出している。そのときになって、やっと頭に届いた痛みは、脚を動かしたときにはもうどこかに消えている。

 彼は血を流していた。ティラノサウルスと遭遇して、必死に戦ったときの傷から血が流れている。固い鱗に蔽われた肌には、いくつも傷跡が残っている。
 その臭いをかぎつけた始祖鳥(アルカエオプテトリックス)の子孫たち、イクチオニクスや、ヘスペロルニクスたちがどこからともなく舞い降りてくる。あいつらのするどい嘴、かぎ爪は、肉に深く突き刺さるのだ。
 ティラノサウルスと遭遇したのは不運だった。
 巨大なシダの樹林から出たとき、あいつに出くわしたのだった。すぐに逃げようとしたが、あいつは盗み見るような眼を向けて、気のせいか、口もとにうっすらと笑みをうかべた。
 こいつ、何を考えてやがるんだ。
 脳が小さくて、ひどく性能がわるかったので、その考えが頭から尻尾の先まで届くより先に、ティラノサウルスが凶暴なやつだということだけはわかった。恐怖はなかった。
 攻撃されたら反撃するだけだ。そう思ったとき、すでにティラノサウルスに食らいつかれていたので、自分も長い頸をふりまわして、ティラノサウルスめがけてたたきつけていた。彼は食い入るようにティラノサウルスの眼をのぞき込んでいた。

 やがて、彼は荒涼とした岩石のひろがる土地にいた。
 歩きつづけた。傷は深いようだった。おびただしい血が流れているから。しかし、なぜ、こんな赤いものが流れるのか考えなかった。考えたにしても、つぎのことを考えたときには、もう消えている。
 しかし、これまで何も考えなかった彼が、ようやく自分に向けられた問いを考えているのだった。なにしろ、行けども行けども、荒れ果てた砂漠ばかりでわずかな草や灌木さえみえなかった。だから考えることは一つしかなかった。
 おれはどこに行こうとしているのか。
 この問いは、ティラノサウルスに食らいつかれて、引き裂かれた傷とおなじで、彼が自分につきつけた問いだった。だから、いやおうもなく、自分の身にひきつけなければならなかったのだ。・・

 いつの日にか、自分が化石になってしまうなどは考えもしなかったけれど。